妹と名乗る女

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妹と名乗る女

「石川先生、困りましたね。あの患者、記憶喪失と言うでは有りませんか。 入院の費用とか、どうなりますかね?」 と経営者でもある、医院長が心配気に聞いてきた。 「見放すことは出来ないでしょう。先ずは警察に相談しましょう。 あの、損傷は異常です。喧嘩では無い様な気がします。 リンチにあった様な感じです。事件かも知れません。」 「事件⁉️。事件だったらもっと厄介ですよ。早く退院させましょう。 君、直ぐに警察に連絡して」 と、焦りを感じたのか医院長は、事務員の女に早口で言った。 僕は、看護婦さんが出て行った後、考えていた。今までの事を。 だが、思い出せない。 親が誰なのか?兄弟がいるのかいないのか?何処で生まれたのか? 全て記憶に無い。 何故、この様な損傷を受けたのか? 喧嘩したのだろうか? 何度も、記憶を呼び起こそうと努力したのだが、全然思い出せないまま、 虚な時間は、容赦無く過ぎていった。 次の日、二人の男が、僕の所に現れた。 その男たちは刑事であった。 色々質問されたが、私は何も答えられない。 覚えていないのだ。 刑事は困ってしまって、「♪ワンワンワワン、」とは言わなかったが、 「どうしようも無い」と言って出て行った。 ただ、「事件性があるかも知れません 」と言う言葉を残して去って行った。 二人の刑事が言うには「君のことが分かったら、知らせる」と。 その言葉に期待しよう。 何日か経ったある日、私の所に、私の妹を名乗るものが現れた。 私を見て、その女は抱きついてきた。 「お兄ちゃん、生きていたのね。探したよ。」 と言うが、 私はどの様に応えて良いのかわからない。 僕は女にぶっきらぼうに言った。 「記憶が無いんだ。全く無いんだ。君は僕の妹か?」 「何、言ってるの。私よ、妹のケイコよ。思い出してよ。 昔、一緒にお風呂入ったでしょう。」 …お風呂入った?確かに子供の頃は入ったかも知れない。だが覚えてはいない。… でも、今が気になる。 「今も、一緒に入っているの?」と聞きたい気持ちを、グッと押さえて、 妹と名乗る女に聞いた。 「僕の名前は、何て言うの?」 「お兄ちゃんの名前は、水原マナブよ。お父さんはヒロミ。お母さんはヒロコよ。」 親の名前まで、僕は聞いてはいない。 妹は気が利きく子なのかも知れない。 …ヒロミにヒロコ、そんな名前、うそ草。…と、思ったが、その言葉を今は信じるしか無い。 妹が言うには 「お兄ちゃんが行方不明になったので、捜索願いを出したの。 そしたら、警察から連絡があって、お兄ちゃんとよく似た人がいるからと言って来たの。そんでもって、 此処に来たの。そしたら、お兄ちゃんだったの」 「良かったわね。妹さん来てくれて。もうすぐ退院できるわね。身体も良くなって来たし。」 松原美樹さんが僕に嬉しいそうに言う。 僕は松原さんと別れるのは嫌だったが、いつまで此処にはいられない。 僕は退院する事になってしまった。 でも、僕の記憶はぜんぜん戻っていない。 妹と名乗る女も本当の妹かどうかは分からない。 疑いの気持ちで女と接していかねばならない。 何故なら、僕は暴行された様な、感じがしているからだ。 何故、暴行されたのか?その真相がわからない。 その真相がわからないと、簡単に人を信じることは出来ない。 とりあえず、妹を信じた振りをしよう。 いったい、私は誰⁉️。
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