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「んっ、ふぁーっ! 仕事の後の一杯は堪んないわねっ!」
豪快な飲みっぷりと、ジョッキを置いた後のため息とも掛け声とも判断がつかない若い声が昼下がりの酒場、とあるテーブルに響き渡った。
近くで飲んでいる人々が何ごとかと声の主に視線を向けるが、すぐさま何もなかったかのように自分たちの会話に戻っていく。
中には彼女が美味しそうに酒を飲む姿を、微笑ましく見ている者もいるくらい、声の主の飲みっぷりは見ている者の酒を進ませる程、美味しそうなものだった。
声の主――スカーレットはジョッキから手を放すことなく、くぅっと酒の美味しさを噛みしめていた。
ウェーブのかかったピンクベージュの髪が、肩上で揺れる。猫のように少し吊り上がった大きな瞳は美味しさを瞼の裏で確かめるように、ぎゅっと閉じられていた。
彼女の隣にいる大柄な青年――カメリアが、表情の感じられないグレーの細い瞳を彼女に向けている。
「……どこのおっさんだ」
声と表情から感情は分からないが、言葉の内容から彼が呆れているのが分かる。
スカーレットにも、それが伝わったのだろう。
ぐいっとカメリアに顔を近づけると、不機嫌そうに眉根を寄せた。彼女の荒い鼻息が、彼の耳元にかかる茶色い髪を揺らす。
「あんた、何言ってんのよ。こうやって飲むから美味しいんでしょ⁉ あんたみたいにそんな無表情で飲まれたら、こっちの酒もまずくなるってもんよっ」
「……俺の横で飲むな」
「はぁ⁉ あんた、いつもそうだけど、あたしに喧嘩売ってんの⁉ ほんっと、そういうところがむかつくんだけどっ!」
興奮したためか、大して飲んでいないはずなのにスカーレットの頬が赤くなり、くっきりとした赤い瞳がどこか焦点の合わない様子で彷徨っている。
カメリアが何か言おうと口を開いたが、声を出したのは彼らの正面に座っている男性の方が早かった。
「はいはい、レティもカメリアもその辺にしておいて下さい。あまり騒ぎすぎると、周りのお客さんのご迷惑になりますよ。それに……、私はこれ以上酒場に迷惑をかけて、出禁になるのは嫌です」
二人の間に割って入ったのは、黒髪の青年――エルフィンだ。
首元に付く髪を鬱陶しそうに後ろに避けながら、少し垂れ目気味の黒い瞳を二人に向けている。
体格が良く筋肉質のカメリアとは違い、ひょろっとした細い身体付きは、優男と表現するのに相応しい。年齢はカメリアよりも若干年上のように見える。
エルフィンの横には、酒場という場所には相応しくない、幼い少女が行儀よく座っている。
クリッとした大きな水色の瞳、そして瞳と同じく水色のまるで綿菓子のようなフワフワとした髪を下で二つにくくっている、誰が見ても納得の美少女だ。
「そうだよ、レティもカメリアも、仲良くしないと駄目なんだよ」
美少女――ミモザが、肉付きが良くバラ色に染まった頬を膨らませ、目の前の大人二人に注意をした。
本人は怒っているのだろうが、可愛さが全面に出て怒られているように感じられない。
少女の愛らしい姿に、スカーレットは怒りを忘れてミモザに抱き着いた。
「みもざーっ! もうあんた、可愛すぎっ! エルフィンの娘なんて、信じらんないー! 全然似てないしっ!」
「やーっ! レティ、お酒臭いー!」
「止めて下さい、レティ! うちの娘を潰さないで下さいっ! 後、親子を疑うような発言はしないで下さいっ!」
エルフィンが、慌ててスカーレットの手からミモザを取り戻した。少女は父にしがみつくと、頬を膨らませて批難の気持ちを伝えている。
しかしその表情は、さらにスカーレットを萌えさせたようだ。
再び絡もうと身体を乗り出した時、
「……ミモザが嫌がってるだろ」
冷静な声と共にスカーレットの首根っこが掴まれ、彼女の身体は自分の椅子に着席させられた。
邪魔をされ、怒りの矛先が声の主に向けられる。
「あんた、またあたしに意見する気⁉ ほんっといつも、色々と注意してきてうるさいわよね! よーし、表出ろ!」
「……狂戦士に勝負など、……怪我するぞ」
「はっ! 盗賊のあたしに、あんたのトロい攻撃なんて、当たるわけないじゃない! 一発、その頭にガツーンって当ててやるっ!」
「はいはいー……、二人共、同じ事を繰り返さないで下さーい」
デジャブですか……、と呟きながら、エルフィンが再び二人の仲裁に入った。
彼の言葉を聞き、ようやく二人は言い合いを止めた。ただスカーレットは不満そうにカメリアから視線を逸らすと、無言でジョッキの中身を飲み干した。
*
この世界では、冒険者と呼ばれる者たちが多く存在している。
彼らは冒険者ギルドで自分の適性を判別し、教会から祝福を受ける事で、それらの職業でしか使えない能力――スキルを使う事ができるようになる。
冒険者たちはその能力を駆使しギルドの依頼をこなす事で、日々生活をしていた。スカーレットたちも、そんな冒険者の一人だった。
彼らは、スカーレットが盗賊、カメリアが狂戦士、エルフィンが精霊魔法使い、という一般的にバランスが取れたパーティーであり、そこそこ依頼成功率も高い。
この日も依頼達成を祝って、一杯飲みにやって来ていたのだった。
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