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「……指輪の話……だろ?」
「その通りです」
エルフィンは頷くと、今までの苦労を思い出してため息をついた。スカーレットの悪ふざけの犠牲になった青年に、憐れみの表情を向ける。
「本当に災難でしたね」
「……ああ」
低く感情を感じさせない声が、端的に肯定する。
エルフィンは、もう宝石部分が砕け、台座だけになっている指輪を見つめながら言葉を続けた。
「あの指輪は、『今、所有者が一番心を占めている事が表面化、活動的になる』魔法がかけられていました。元々は、勇気がなくてできない人の背中を押すために作られた道具のようですね。まさか狂戦士の副作用まで打ち消すとは思ってもみませんでしたが」
カメリアは黙って聞いている。
しかし何を考えているかは、そこそこ付き合いの長いエルフィンには分かっていた。
説明が続く。
「あなたの生命力を奪ったのは、その後指輪に取り付いた魔物の仕業でした。強い感情を感じると、魔物が目覚めて生命力を吸うという仕掛けになっていたようです。もしかすると、指輪の所有者を殺すため、他の者が意図して憑りつかせた可能性もありますね」
エルフィンは少しだけ苦笑いを浮かべると、言いにくそうに続きを口にした。
「レティから……、告白を拒否した後あなたが倒れたと聞きました。恐らく、その時大きく感情が動いたのでしょうね。こういうのもなんですが……、魔物関係なく、あなたが狂戦士化していた可能性もありました。周囲に被害がなかったという意味では、不幸中の幸いだったかもしれませんね」
「……そうだな」
全ての種明かしが終わったが、カメリアの感想はその一言だった。
それ以上の言葉がないため、エルフィンは仕方なく口火を切った。
「カメリアはあの時、レティに告白しました。レティの事……、好きなんですね」
「……悪いか」
相変わらずカメリアの表情は、変わらない。しかしその胸の内が分かっているエルフィンは、にっこりと笑った。
「全然悪くないですよ。愛とは人の心を豊かにするものです。私だってね、昔は愛するあの方とは色々と……」
「……その話は聞き飽きている」
「そうですか、それは残念です」
特にショックを受けることなく、エルフィンは笑った。
彼の話す『あの方』とは、ミモザの母の事だ。彼女との馴れ初め話など、カメリアは嫌という程聞かされていたため、この反応も当然だった。
「それで、どうするのですか? レティには気持ちを伝えないのですか?」
「……仕事に、差し支える」
「私は、全く気にしませんが」
「……俺は、気にする」
エルフィンはため息をつくと、提案をした。
「それでは、レティには指輪の効果を、その場にいた異性に惚れてしまう、と伝えておきましょう。それなら、今までのあなたの言動も全て、呪いのせいにできますから」
「……頼む」
カメリアは頭を下げた。素直な彼の様子に、エルフィンは先ほどと変わらない笑みを浮かべて答える。
「気にしないでください。元はと言えば、レティの悪ふざけが原因なのですから。でも本当に彼女には……」
「……後は頼んだ」
彼が何を言おうとしたのか分かったのか、それを遮るようにカメリアは言葉を重ねた。
諦めた表情を浮かべ、エルフィンはカメリアの額に手を当てた。
「下に行く前に、生命力回復のため、水の癒しだけ施しておきますね」
「……すまない」
そう言うと、カメリアは瞳を閉じた。いつもの柔らかな口調とは違う、力に満ちたエルフィンの声が鼓膜を震わせた。
「我、大いなる精霊の母たるピアニ―と契約せし者、名はエルフィン。彼の者の契約に従い、水の癒しを具象し、行使する許可を願う」
創造神ルピナスの妹である精霊女王ピアニ―への許可を願う呪文が部屋に響き渡った。願いは大いなる存在へ届き、無事受け入れられたようだ。
カメリアの額に触れる指から、冷たくも清々しい力が流れ、彼から失われた生命力が注ぎ込まれるのが分かった。
この世界の魔法は、精霊魔法・精霊魔術と呼ばれる。
魔法の適性をもち、尚且つ精霊女王ピアニ―に認められ契約を結ぶことで、空間に満ちる精霊たちの力を使役できるようになる。それによって発動する力を精霊魔法と呼び、一般的な魔法とはこれを指す。
さらに特定の精霊と誓約を交わすことで、精霊魔法の上位にあたる精霊魔術を使うことが出来る。しかし、気まぐれな精霊が特定の人間に力を貸すことはめったになく、精霊魔術師の存在は数えられる程しかいない。
注ぎ込まれる力が尽きると、額に触れていた指が離れた。
「では私は行きますね」
「……ああ。説明は頼んだ」
「任せて下さい」
そう言ってエルフィンは部屋を出て行った。
一人部屋に残ったカメリアは、のそのそとベッドから出ると、部屋の隅にまとめられた自分の荷物を漁り出した。そこから取り出したのは、茶色の紙袋だった。
エルフィンの言葉が、嫌と言う程思い出される。
『レティには気持ちを伝えないのですか?』
(伝えられるわけがないだろ。俺は狂戦士で、いつ狂って人を傷つけるか分からない呪われた存在なのだから……)
だからこそ、他の冒険者からも異端として見られ、共に冒険をしてくれる者はほとんどいなかった。
しかしエルフィンはそうと知りつつも、自然な態度で接してくれる。
スカーレットは自分の危険を知りつつも、臆する事なく話しかけ、コロコロと変わる表情を見せてくれる。
それがカメリアには救いだった。
(このパーティーは……、俺のたった一つの居場所だ。それ以上、望むわけにはいかない。しかし……)
取り出した紙袋を見つめる。
(……これを渡すことぐらいは……、許されるかもしれない)
紙袋を握るとベッドに戻り、袋を枕元に置いた。
丁度その時、
「カメリア、入るよ」
スカーレットの声が響き渡った。
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