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最終話
カメリアの姿は、ミモザとエルフィンと共にあった。
「お待たせー!」
「レティ、遅いよー。何でカメリアの方が先にこっちに来てるのー?」
不満そうにミモザが、頬を膨らませている。相変わらず可愛い。
「もう、ごめんごめん。ほらっ、主役は遅れてくるもんでしょ?」
「……迷惑の元凶だろ」
カメリアがぼそっと突っ込んだ。
彼の傍に近づくとテーブルに両手をついて、睨みをきかせながらスカーレットが噛みつく。
「誰が迷惑の元凶よっ! そもそも、あんたが魔法防御をちゃんと上げておかないから、指輪の呪いなんかにかかっちゃうんでしょ!」
「……お前のせいだろ」
「何よっ‼ 表に出ろ! あんたの頭に強烈な一発を食らわしてやるわっ‼」
「……止めておけ。……怪我をする」
「はっ! 盗賊のあたしに、あんたのトロい攻撃なんて、当たるわけないじゃない!」
「二人共、同じ言い合いを繰り返さないでください。私だけ、時間が巻き戻っているのではないかと、錯覚してしまうじゃないですか……」
いつもの事ながらエルフィンは二人の間に入ると、今にも物理的に噛みつきそうなスカーレットを押しとどめた。その時、ミモザが彼女の変化に気づいた。
「あれ? レティ、その赤いお花、綺麗だね」
「そうですね。さっきまでそんな髪飾りしてなかったようですが……。あ、付与魔法までかけられてますね。えっと……、防御力上昇、素早さ上昇、器用さ上昇に身代わりですか。これだけの魔法付与だと、結構お値段が張りそうですね」
エルフィンは髪飾りに視線を向けると、鑑定スキルを使わずとも、全ての付与魔法を言い当てる。
しかしスカーレットは、まるで今知ったかのように驚きの声を上げた。納品書が入っていたことは、カメリアには知らせない方がいいと思ったからだ。
「えー、そうなの? 身代わりの魔法なんて、凄いじゃない! 他の魔法も、あたしの仕事を助けてくれる系だし」
「そうですね。でもレティ、身代わりがついているからと言って、危険な行動は駄目ですからね?」
「うんうん、分かってる分かってる」
エルフィンの忠告に、スカーレットは素直に頷いた。キラキラした瞳で髪飾りを見ながら、ミモザが尋ねる。
「その髪飾り、レティ持ってたっけ? 誰かからのプレゼント?」
「んふふっ、なーいしょっ」
「えー! レティ、教えてよー!」
「んふふふっ、どうしよっかなー?」
ミモザが何度も髪飾りの事を聞いてくるが、スカーレットははぐらかした。企みを含んだ笑みを浮かべつつカメリアの隣に座ると、ピッチャーから自分のコップに水を注ぐ。
そして隣に座る無表情な青年に見せつけるように、髪の毛を揺らした。
「ほら、あんたもどう? どう? 似合ってるでしょ? あたしの手にかかれば、髪飾りが一つから二つに増えても、素敵アレンジができるのよ?」
確かに、先ほどまではただ整えた髪にミモザたちの髪飾りをつけているだけだったが、少し髪の毛をまとめるなどのアレンジを加え、二つの髪飾りが綺麗におさまるように整えられている。
得意げに感想を求めるスカーレットに対し、いつものとおり抑揚の少ない声が答える。
「……悪くない」
「あ、めっずらしー! カメリアがレティの事褒めてるー!」
「確かに珍しいですね。明日は雨が降らなければいいですが」
彼の言葉にスカーレットが反応する前に、目の前の親子が口を開いた。ミモザはワクワクした表情で、エルフィンは外の雲行きを心配した表情を浮かべている。
二人の言葉に対し、スカーレットは前のめりになって再びテーブルに両手をついた。
「ってどういう事よ! あいつだってあたしを褒めることぐらいあるわよっ!」
「そうかなー?」
「そうですかねー? どっちかというと注意されている方が多いと思いますが」
「この親子は……。表に出なさい! あたしのきつーい一発を……」
「レティ! 子ども相手に暴力は許しませんよ!」
「ならエルフィン! あんたが変わりにあたしの制裁をうけなさーいっ!」
テーブルが、子どもの笑う声、女性の怒鳴り声とそれを静止する声が混じり、騒がしくなった。
いつものやつが始まったとばかりに、酒場の客たちは視線をちらっと向けただけで、すぐに自分たちの雑談に戻る。
騒がしい喧騒の中、カメリアだけは自分の居場所である三人を、じっと見つめていた。
もし、スカーレットが少しでもカメリアに視線を向けたら気づいたかもしれない。
彼の口元が、微かに笑みを形作っていたことを。
<完>
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