4

1/1
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

4

「エルフィン……、こいつ一体どうしたっていうの?」  スカーレットは、件の指輪を観察するエルフィンに声をかけた。彼女の表情は、驚きを通り越して泣きそうになっている。  どうやら、自分がどえらい事をしでかしたと、今頃になって気づいたらしい。  彼女たちは今、宿屋の一室にいた。  部屋には、ベッドに眠らされているカメリア、そして彼を魔法で眠らせたエルフィンと、彼に告白されて混乱収まらぬ様子のスカーレットが、これからどうしようかと話し合っている。  ミモザは父親の傍で、眠っている彼を心配そうに見ていた。 「レティ、これで分かったでしょう? 未鑑定のアイテムが、どれほど危険な物か……」 「うっ、うん……。もうしない。絶対にしないっ!」  いつもは好奇心旺盛で何でも試さずにいられない彼女が、神妙な面持ちでリーダーの言葉に頷いている。  彼女がこれほど大人しくなるのも、仕方がなかった。  あの後、スカーレットは嫌と言う程、カメリアから熱烈なアプローチを受けたからだ。 「スカーレット、俺じゃ駄目なのか? どうすれば、お前に相応しい男になれる?」 「お前を必ず幸せにする。だから、俺の傍にいて欲しい」 「これほど愛おしく思う女性は、お前が初めてだ」  普通の彼なら決して口にしない甘い単語の連発に、スカーレットの思考回路はすっかり混乱してしまった。そしてとうとう、 「えっ、エルフィン! こっ、こっ、こっ、こいつ……、カメリアじゃないわっ! ()るしかない‼」  という感じで混乱から戦闘態勢に入ったため、エルフィンが魔法でカメリアを眠らせ、今に至る。  あの鍛えられた身体を、数人がかりでベッドまで運んだ事を思い出したのか、エルフィンがぐったり疲れたような表情を浮かべている。 「指輪の魔法……いや呪いと呼んだ方がよいでしょうね。これがカメリアに影響を与えているようです。ただ今は、精神に何か影響を与える呪い、としか分かりませんね……」 「そうなんだ……。じゃあ、いきなり告白してきたのも、呪いのせい?」 「恐らくは。その場にいた異性に惚れてしまう、みたいな効果があったのかもしれませんね」 「えー……。異性って……、危うくミモザもその対象に入っていた可能性があるって事よね……」 「……あなたがその対象になった。事実以外は考えないようにしましょう」  しばしの沈黙後、エルフィンは重い口調でそう言った。  自分の娘が……と想像するだけでも、怖いのだろう。それは、被害者であるスカーレットも同じだった。  二人の会話を聞いていたミモザが、不思議そうに尋ねる。 「ねえ、おとうさん。私が対象にってどういうことー?」 「ああ、ミモザは気にしなくていいですよ。これからも、意味が分からないままのあなたでいて下さいね」  無邪気に大人の会話について尋ねる娘に、父はにっこりと笑って返した。スカーレットはベッドに近づくと、眠っているカメリアの頬を突っついた。 「どうしたらその呪いは解けるの?」  その表情は、非常に切実だ。  しかし彼女の思い空しく、エルフィンは腕を組んで唸った。 「そうですね……。呪いの種類が分からない以上、何とも……。ただ指輪が抜けないので、恐らく彼が目覚めてもあのままでしょうね」 「あのままって……」 「はい、あなたを好き好き言っていた、あの情熱的なカメリアのままって事です」  先ほどのカメリアを思い出し、彼女の表情が苦痛に歪んだ。  スカーレットも女性。  異性から告白されること自体は嬉しいのだが、相手がいつも喧嘩しているカメリアだと話が別だ。  呪いで惚れられても、嬉しくもなんともない。  スカーレットは、諦めたようにため息をついた。  エルフィンは荷物を確認しながら、何かをメモしている。そしてそのページを破りとると、スカーレットに向き直った。 「取りあえず、このアイテムの鑑定に必要な道具をすぐに揃えてきます。その間、レティはカメリアの相手をお願いしますね」 「ええっ! ちょっと待ってっ‼ 呪いでおかしくなったこいつと、二人っきりでいろって事⁉」 「まあ、二人っきりというのは不安があるので、人の多い場所にいたらどうでしょうか? デートだと言って連れ出してあげれば、彼も満足して大人しくしてるでしょう」 「で、で、で、でーとぉぉぉぉっ⁉」 「レティ、そんな大きな声出しちゃだめだよっ! カメリアが起きちゃう!」  ミモザがメッと諫めた。  少女の注意を受け、スカーレットは慌てて自分の口を塞ぎカメリアの様子を伺う。微動だにしない様子を見ると、彼女の叫びが聞こえない程深く眠りについているようだ。 「……分かったわ。まあ元はと言えば、あたしの悪ノリでしでかしたことだし……。呪いの効果と解除方法が分かるまで、何とかあいつの面倒を見ておく」  自分の否を認めながら、俯いて言葉を紡ぐスカーレットに、エルフィンはまるで子どもを慰める様な優しい視線を向けた。 「はい、よろしくお願いしますね。できるだけ早く道具を揃えますから。準備ができたら呼びに行きますので、町からは出ないようにして下さい」 「うん、分かったわ」  スカーレットは両手を握ると、少し緊張した面持ちで彼の言葉に頷いた。満足そうに彼女の姿を見ると、エルフィンはミモザに声をかける。 「じゃあミモザ。お父さんと一緒に、お仕事の道具を探しに行きましょう」 「はーいっ! レティ、カメリアと仲良く待っててね! 喧嘩しちゃ駄目だよ?」  事の重大さが分かっていない少女は、いつもの通り、大人ぶった言葉で二人の仲を心配しながら部屋を出て行った。  ミモザの言葉に、苦笑いを浮かべながら、スカーレットは手を振るしかなかった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!