4人が本棚に入れています
本棚に追加
大正9年、夏。
遥か北の海の向こうで大きな革命が起こり、その勢力を阻止する動きが連合国の間で強まると、シベリアという場所に国の兵隊さん達が派遣され、多くの命が消えていった。
そしてそんな不穏な時代の片隅で、ひっそりと母がこの世を去ってしまった。
当時10歳だった私は、母の死をなかなか受け入れることができなかった。
なぜなら母は病気でもなく、事故に遭ったわけでもない。
父の船で突然意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。
亡くなる前の日、母はいつものように私と夕餉の支度をし、行商から帰った父と家族3人で食卓を囲んだ。
母は華奢で、一見か弱い女性に見えるけれど、夜漁に出る父を、いつも溌溂とした笑顔で見送る気丈夫な人だった。
何の前触れもなかったのかと言われれば、ただ一つだけ。
その時の母がいつもより美しく見えたのが、ずっと今も目に焼き付いている。
私の呼びかけに振り向く母の瞳が、刹那に赤く光る。見てはいけないものを見てしまった気がした。
父の徳利に酒をつぐ、母の色白の肌もなんとなく透けて見え、体の輪郭も薄く光を放って白くぼやけるようだった。
今思えば、あれが前兆だったのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!