4人が本棚に入れています
本棚に追加
「うわぁー! 空と海がひっくり返ったみたいだ」
足の感覚を取られ、ぐらっとよろめく。
咄嗟に父が私の腕を掴んだ。
「碧っ、危ねぇから縁に掴まってろ」
「父ちゃん、なんで明かりを消したの?」
「黙って見てれば、すぐにわかる」
父は空を仰ぐと、目を凝らして何かを探している。
海水を張った桶の中では、儚い光を放ちながら烏賊達がひしめき、時おりキュッキュッと鳴いて潮を吹く。
まるで誰かを呼んでいるかのようだった。
海に視線を移すと、星粒が浮かぶ鏡の向こうは底知れない深い暗闇が広がっていた。
よく見ると微かに揺らぐ海底から、ポツリポツリと白く小さな斑点が姿を現し始める。
烏賊なのか、海月なのかはわからない。
その斑点は闇の中で滲むような燐光を発し、やがてじわじわと数を増して、船の上から見下ろす私の視界を埋め尽くそうとしていた。
気を抜くと体ごと吸い込まれてしまいそうで、こわくなった。
「父ちゃん! 海ん中がなんかおかしい! あたし達が烏賊さまを取り過ぎたせいじゃない? きっと返せって言ってるんだよ!」
「いいや。そうじゃねぇ」
「そいじゃ海月でもない、この得体の知れないものはなに?!」
「碧、父ちゃんの懐に入れ」
父は、たじろぎもせず甲板に腰をおろしたまま、私に腕を広げる。
「何言ってんの! 逃げようよっ父ちゃん!」
「いいから、入れ」
船腹に届いた白い光が屈折して、父の頬にかかる。
父はじっとその水面を見つめていた。
ただでさえ怖いのに、白く浮いたその顔が余計に拍車をかける。
これから何が起ころうとしているのだろう。
白い発光体は、今にも海面を突き破りそうなほど、暗闇を埋め尽くしていく。
またゾワリと背中が粟立ち、父の腕の中に逃げ込んで襟元にしがみつく。
「父ちゃん‥‥こわいよ」
「大丈夫だ。ここでじっと見守ってれば、なんもわるさはしない。輝玉が返ってきたんだ」
「きぎょ‥く?」
「あぁ、御霊のことだ。肉体を離れた魂が、もといた場所に還る時、導き手にちゃんと見つけてもらえるよう強い光を放つんだ」
「えっ! それって、ゆっ幽霊だよね!!」
「しっ。デカい声出すな」
父は掌で私の口を塞ぐと、耳元で声を絞る。
最初のコメントを投稿しよう!