3 無花果(いちじく)渦巻くミステリーサークル

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「ちょっと待て! 僕は黒羽さんの知り合いだってば!」 「それならなおのこと、兄貴にチクられると困る」 「チクるってなにを!? ちょっ……こっちに来るなっ! ……あっ、そうだ! 白銀さん、この人なんか怖いこと言ってるんですけど! 助けてください! ……もしもし? 白銀さん?」  繋がっていたはずの通話は、いつの間にか切れていた。うんともすんとも言わないスマホを耳に当てたまま、僕は愕然(がくぜん)とする。  嘘つき! 必ず助けるって言ったじゃないですか、神様!    天狗男の鋭い双眸(そうぼう)がふたたび金色に輝き、一歩ずつ近づいてくる。  半袖の白シャツから伸びた彼の両手の爪が、猛禽(もうきん)類のそれに似て長く鋭く光っているのが見えた。獲物を素早く捕らえようとするみたいに、彼の腕が僕めがけて襲い掛かる。  バチィッ!  鋭い爪が僕に食い込む寸前、僕と彼との間に火花が散った。男は驚愕の表情で僕を見つめる。 「……おまえ、何者だ?」 「だから、ただの人間だってば! あやかしに敵意はないよ!」 「ただの人間なのに、こんなに強力な防御術が使えるのか?」 「防御術……?」  そのとき、いきなり突風が吹いて、風の中から白銀さんが現れた。僕と天狗の間に立つと、白銀さんは天狗を牽制するように構える。 「そこまでにしておきなさい。うちのバイトに手を出されては困ります」 「白銀さん!」  白銀さんはいかにも仕事の途中で抜けて来たという感じで、いつものカフェ店主姿である。僕は思わずその背中にしがみついた。 「すみません、遅くなりました。もっとも、君には護身具がありますから、大抵のあやかしは危害を加えることはできませんが」 「……あ、そうだった」  天狗男の攻撃を弾いたのは、前に白銀さんがくれた石のブレスレットだったのだ。元神様の麗巳さんにも効果があるくらいだから、若い天狗など手も足も出ないだろう。 「白銀さん、『夜迷亭』からこんなに短時間でどうやって来たんですか?」  『夜迷亭』から小関家の田んぼまでは結構な距離がある。白銀さんの場合、テレポーテーションくらいできても驚かないけれど。 「狐に変化して本気を出せば、私なら時速150キロは出せます」  「……チーターより速いんですね」  世界最速動物より速く走る狐。人に見られたらマズイのでは……。  それはともかく、僕の危機に急いで駆けつけてくれたことに、感激でうるっときてしまった。嘘つきとか思ってすみませんでした! 「白銀……って、もしかして天星様なのか?」 「そうですが、君はどこの天狗ですか? このあたりは天狗族が多い上に、干渉を嫌う者もいるので私も把握しきれていないのです」 「黒羽さんの甥っ子さんだそうです」 「黒羽の?」  僕が後ろから小声で教えると、白銀さんがぴくりと眉を上げた。なにか思い当たることがあったようだ。  黒羽さんの甥っ子は、白銀さんを『天星様』と呼んだ。天狗族はあまり従順ではないようだけれど、彼の呼び方は白銀さんに対して敬意を感じる。  いつの間にか甥っ子の瞳は黒くなり、猛禽類の爪も消えている。今はどこから見てもただの人間の高校生だ。 「君の名前は確か……」  白銀さんがなにか言いかけると、天狗は弾かれたようにその場から駆け出した。  やたらと足が速く、あっという間に暗闇の中へと消える。  彼が消えた後には、直径五メートルほどの新たなミステリーサークルが出現していた。                ☆
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