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「ちょっと待て! 僕は黒羽さんの知り合いだってば!」
「それならなおのこと、兄貴にチクられると困る」
「チクるってなにを!? ちょっ……こっちに来るなっ! ……あっ、そうだ! 白銀さん、この人なんか怖いこと言ってるんですけど! 助けてください! ……もしもし? 白銀さん?」
繋がっていたはずの通話は、いつの間にか切れていた。うんともすんとも言わないスマホを耳に当てたまま、僕は愕然とする。
嘘つき! 必ず助けるって言ったじゃないですか、神様!
天狗男の鋭い双眸がふたたび金色に輝き、一歩ずつ近づいてくる。
半袖の白シャツから伸びた彼の両手の爪が、猛禽類のそれに似て長く鋭く光っているのが見えた。獲物を素早く捕らえようとするみたいに、彼の腕が僕めがけて襲い掛かる。
バチィッ!
鋭い爪が僕に食い込む寸前、僕と彼との間に火花が散った。男は驚愕の表情で僕を見つめる。
「……おまえ、何者だ?」
「だから、ただの人間だってば! あやかしに敵意はないよ!」
「ただの人間なのに、こんなに強力な防御術が使えるのか?」
「防御術……?」
そのとき、いきなり突風が吹いて、風の中から白銀さんが現れた。僕と天狗の間に立つと、白銀さんは天狗を牽制するように構える。
「そこまでにしておきなさい。うちのバイトに手を出されては困ります」
「白銀さん!」
白銀さんはいかにも仕事の途中で抜けて来たという感じで、いつものカフェ店主姿である。僕は思わずその背中にしがみついた。
「すみません、遅くなりました。もっとも、君には護身具がありますから、大抵のあやかしは危害を加えることはできませんが」
「……あ、そうだった」
天狗男の攻撃を弾いたのは、前に白銀さんがくれた石のブレスレットだったのだ。元神様の麗巳さんにも効果があるくらいだから、若い天狗など手も足も出ないだろう。
「白銀さん、『夜迷亭』からこんなに短時間でどうやって来たんですか?」
『夜迷亭』から小関家の田んぼまでは結構な距離がある。白銀さんの場合、テレポーテーションくらいできても驚かないけれど。
「狐に変化して本気を出せば、私なら時速150キロは出せます」
「……チーターより速いんですね」
世界最速動物より速く走る狐。人に見られたらマズイのでは……。
それはともかく、僕の危機に急いで駆けつけてくれたことに、感激でうるっときてしまった。嘘つきとか思ってすみませんでした!
「白銀……って、もしかして天星様なのか?」
「そうですが、君はどこの天狗ですか? このあたりは天狗族が多い上に、干渉を嫌う者もいるので私も把握しきれていないのです」
「黒羽さんの甥っ子さんだそうです」
「黒羽の?」
僕が後ろから小声で教えると、白銀さんがぴくりと眉を上げた。なにか思い当たることがあったようだ。
黒羽さんの甥っ子は、白銀さんを『天星様』と呼んだ。天狗族はあまり従順ではないようだけれど、彼の呼び方は白銀さんに対して敬意を感じる。
いつの間にか甥っ子の瞳は黒くなり、猛禽類の爪も消えている。今はどこから見てもただの人間の高校生だ。
「君の名前は確か……」
白銀さんがなにか言いかけると、天狗は弾かれたようにその場から駆け出した。
やたらと足が速く、あっという間に暗闇の中へと消える。
彼が消えた後には、直径五メートルほどの新たなミステリーサークルが出現していた。
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