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「無理だな」
黒羽さんが素っ気なく呟く。あまりに薄情な返事なので、僕は少し腹が立った。
「蒼羽くん、真剣でしたよ? それに、結構な高さから墜落してたから、そのうち怪我するかもしれません」
「天狗は、というかあやかしはそう簡単に死なない。俺なんて、ちょっとよそ見してたら鉄塔にぶつかって、30メートルくらいの高さから落ちたこともあるけど無傷だったぞ」
黒羽さんが恐ろしい自慢話を披露する。呆れるほどの頑丈さに驚きはするが、意外にドジなんだなという感想のほうが大きい。
「蒼羽が教えを請うてくれば力にならないこともないが、まずそれはない。子供の頃ならともかく、あの年になると自立心も芽生えて来る。あいつが隠れて特訓するっていうなら、俺はそれを尊重するだけだ」
「天狗というのは、無駄にプライドが高い種族ですからね」
「無駄じゃねぇ。誇り高いと言え」
白銀さんの辛口コメントに、黒羽さんが心外そうに抗議する。
確かに、天狗になるとか天狗の鼻をへし折るとか、プライドが高い相手に対する、あまりいい意味では使われない慣用句だ。黒羽さんなど、とても天狗らしい性格に思える。
けれど、蒼羽くんに関しては少し違う気がした。
「蒼羽が飛べない一番の原因は、あいつのメンタルの弱さだ。あいつは天狗のくせに、昔っからネガティブなんだよな」
ああ、ちょっとわかる気がする。
隠れて練習するとか、それを見られて怒るとか、あやかしというより人間みたいだと思ったのだ。
同じくネガティブな人間として、僕は蒼羽くんにシンパシーを感じてしまったらしい。
「でも、あそこは知り合いの土地なんで、勝手に入られるのは困るんです。ミステリーサークルの原因がわからなくて、持ち主が気味悪がってますから」
「悪いが俺はなにもできない。蒼羽も身内には特に知られたくないだろうから、飛行訓練のことは俺は聞かなかったことにしておく」
黒羽さんは取り付く島もない。この件には関わりたくないらしく、いつもはダラダラ居座るのに、その夜はビール二杯でさっさと帰っていった。
僕から見れば冷たく感じるけれど、黒羽さんなりに蒼羽くんを気遣ってはいるんだ。天狗には天狗にしかわからない気持ちがあるんだろう。
結局、ミステリーサークルの犯人がわかっても、それを小関に伝えるわけにはいかず、今後もそれは増え続けるようだ。誰かが怪我をしたり、損失を被っているわけではないので、放置しても大した問題ではないのだが。
私有地で悪戯されていると思っている小関家の不安や苛立ちも、人である僕には理解できる。
「白銀さん、蒼羽くんの特訓、どうにかなりませんか? 小関が他の人にも話していたら、そのうち天星町で噂になるかもしれません。天狗の蒼羽くんの姿は人には見えないはずですが、ミステリーサークルの件が広まったりするとちょっと厄介だと思います」
「テレビの取材などが来ると困りますしね」
困りますと言いつつ、白銀さんはちょっと嬉しそうである。神様は案外目立ちたがりなのか?
とは言え、現世で平穏に暮らしたいあやかしにとって、蒼羽くんの行動はいつまでも放置できるものでもないらしい。
「困った案件ではありますが、黒羽がああ言っているので、私から天狗族の頭領に申し入れるのも躊躇われます。頭領は黒羽の父親ですが、天狗族の中でも特に自尊心が高いので、孫が人に迷惑を掛けていると知ったらなにをするかわかりません」
「なにをするかわからない……?」
僕は血の気が引いた。
まさか、蒼羽くんが頭領に罰せられたりするのだろうか。天狗の罰ってなんだろう……頑丈すぎてなにをやっても堪えない気がするけど。
「もしも噂になるようなら、私から蒼羽くんに話します。彼も妖力が安定すればミステリーサークルを作らなくなりますから、今はもう少しだけ彼に時間をあげましょう」
「わかりました。今のところ、小関もそれほど困っているふうでもなかったから、大丈夫だとは思うんですけど」
神様の白銀さんが渋るほどだから、天狗族は一筋縄ではいかないんだろう。あやかし同士の力関係って、なんだかややこしそうだ。
そして、小関に本当のことを言えない僕のほうも面倒だった。もしも彼に会ってまたミステリーサークルの話が出たら、動揺が顔に出てしまいそうだ。
このまま何事もなく、そしてできるだけ早く蒼羽くんが飛べるようになればいいけれど。
僕のそんな願いも虚しく、後日、ミステリーサークルは天星町でちょっとした噂になってしまった。
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