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「ミステリー……なんとか? っていうのが、小関さんの農地にあるんですって。それが宇宙人が作ったものらしくてね、そこから放射能が漏れていて、その周りで内臓を取られた牛が死んでたって言うのよ。怖いわねぇ」
蒼羽くんの一件から数日後、祖母からそんな天星町の噂を聞かされた。
話がなんかいろいろエスカレートしている。どこで歪曲されたのか、キャトルミューティレーションまで混ざっているぞ。
小関がたいして親しくもない僕にミステリーサークルについて話したということは、当然他の人にも話していたのだ。おかげで、祖母たちの井戸端会議の話題にまでなってしまった。
娯楽にも噂話にも乏しい田舎町なので、暇な老人たちにとっては恰好のネタだ。ただ、本当はミステリーサークルにも宇宙人にもそれほど興味はなく、自分たちも半分理解しないまま話していたので、そこから特に発展することはなかった。白銀さんには残念だけど、テレビが取材に訪れる様子もない。
町の噂話は蒼羽くんの耳にも入っているかもしれない。それを気にかけて、秘密特訓を控えてくれればいいけれど。
などと、部外者でありながら僕が心配していた頃、小関がふたたび伊ノ森家に配達に訪れた。
「チワッス! 毎度ありがとうございます。小関商店です」
「……ご苦労様です」
彼とはなるべく顔を合わせないようにしたかったのだが、そのことをすっかり忘れてインターホンで出てしまった。
今日も働き者の店長は、段ボール箱いっぱいの食材を抱えている。僕が車の運転ができないばかりに、申し訳ない。
「伊ノ森、今日は休み?」
「ああ……うん」
本当は今夜も仕事だが、説明が面倒なので返事を濁す。『夜迷亭』はべつにあやかしだけの店ではないし、むしろ白銀さんは人間の客も大歓迎なんだけど、小関があの店に来るというのは想像できない。
「あらまあ、周くん、わざわざありがとう」
奥から祖母も出て来て、小関を見るなり嬉しそうに声を上げた。
周くんと親し気に呼ぶところを見ると、ただのスーパーの店長と客という間柄ではなさそうだ。
僕と小関が級友だったのはずいぶん昔のことなので、祖母にとっては近所の子供のような認識なのだろう。小さな田舎町はみんなご近所みたいなものだ。
「馨子さん、こんにちは。今日は一段とお美しいですね。さすが天星町の美魔女!」
「いやだわ、周くんたら! ウフフ……上がってお茶でも飲んでいかない?」
煽てられた祖母が、若い女の子のように喜んでいる。
小関、すごいな……。この爽やかな笑顔と口の上手さで、田舎町のご婦人方を顧客として取り込んでいるのか。接客業に携わる者として、僕も見習うべきだろうか。
「ありがとうございます。けど、仕事中なんですぐに戻らないと。お茶はまた今度」
「そうなの? 残念だけど仕方ないわね。そういえば、中学のとき恭ちゃんは周くんと同じクラスだったのよね?」
「そうだけど、僕はこっちの中学に半年くらいしか通ってないから」
「でも同い年のお友達がいて良かったわね。周くん、今度恭ちゃんをどこかに連れて行ってあげてくれない? この子、休みの日はほとんど家にいて暇そうだから」
お祖母ちゃん、余計なことを!
気を利かせてくれたつもりなのだろうが、僕にとっては有難迷惑である。気が合わない友人と出かけるなんて苦痛でしかない。ましてや、小関は友人ですらなかった。
「お祖母ちゃん、小関は忙しいんだから無理言わないでよ」
「いえ、いいですよ。俺はいつでも。なんなら、土日でも休めるんで」
「まあ、良かったわね、恭ちゃん」
小関としては、お得意様に頼まれたらそう言わないわけにはいかないだろう。ただのリップサービスだ。
荷物は僕が運んでおくと告げて、祖母には家の奥へ引っ込んでもらう。祖母の姿が消えてから、僕は小関に向かって頭を下げた。
「ごめん。お祖母ちゃんが言ったことは気にしないで」
「いや、本当に俺は構わないけど。おまえの都合がいいときに連絡くれれば。あ、名刺置いていくよ」
小関はポケットから名刺ケースを取り出すと、一枚抜いてそこになにやらペンで書きこんだ。
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