3 無花果(いちじく)渦巻くミステリーサークル

14/24
前へ
/24ページ
次へ
「これ、プライベートのケータイ番号」 「……ありがとう」  名刺に書かれた『(株)小関商店店長』の肩書が眩しい。  しかし、受け取りはしたが、たぶん僕から連絡することはない。小関にとっても社交辞令でしかないだろうし。  そう思ったのだが、違ったようだった。 「ちょうど今度の土曜日に中学のときの友達と飲み会やるんだけど、伊ノ森も来いよ」  などと、さっそく具体的に誘ってくれる。僕は困った。 「でも、昔のクラスメイトのことはほとんど覚えてないんだ。僕が参加すると迷惑だろうから遠慮しておくよ」 「迷惑なんてことないから。クラスとかあんまり関係なく、いつも結構な大人数になるんだよ。同じ中学どころか、友達の友達とか、そんなやつが来ることもあるし」 「でも、僕はいいよ」 「あ、こっちまで出て来るのが面倒だったら、俺が車で迎えに来るけど」  熱心に誘ってくれる小関に、僕はだんだんイラッとしてきた。  本当に遠慮もあるが、それ以上にそういった賑やかな場が苦手なのだ。アルコールも好きではないし、飲み会なんて大学時代にもほとんど参加したことがない。ましてや知らない人間ばかりだなんて、気疲れするのがわかりきっている。 「何時頃なら都合いい?」 「ごめん、本当にいいから! そういう飲み会とか苦手なんだ。悪いけど気が進まない」  はっきり断ると、小関は少し驚いたように口をつぐんだ。  僕が断るとは思っていなかったのか、急にその表情から笑顔が消える。 「おまえって、昔から他のやつらとつるむこともなく一人だっただろ? つまらなくないか? もっと外に出て、友達作ったほうがいいぞ」  これには、正直カチンときてしまった。  社交的な人間は、みんなが自分と同じような感覚だと思っているのだろうか。誰とでも仲良く、ざっくばらんに付き合うことが正しいって。  世の中には、人づきあいが苦手な人間や、一人が好きな人間もいるなんて、きっと考えもしないのだ。 「余計なお世話なんだけど」  思いがけず、自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。 「小関には関係ないだろ? 僕には僕の都合がある。はっきり言って、昔から一方的に引っ張り回されて迷惑だったんだ」  そんな自覚はなかったが、僕はものすごく腹が立っていたらしい。まさか自分がここまで言うとは思ってもみなかった。  小関は唖然としたように口を開けて、それから明らかに憤りを顔に滲ませた。 「迷惑って、そういう言い方はないだろ? おまえがぼっちだから、俺が遊びに誘ってやってたんじゃないか!」 「だから、それが迷惑だって言ってるんだ。僕はぼっちでもまったく困ってないんだから、放っておいてくれない?」  十年前は不満があっても一言も口にしなかった。僕がこんなことを考えているなんて、そしてそれを口に出すなんて、小関には思いも寄らないことだったに違いない。  彼はもう反論はせず、むすっと押し黙って目を伏せた。 「……ああ、そうか。わかったよ。……じゃあ、お邪魔しました」  めずらしく覇気のない声で言い、小関が帰って行く。  玄関の扉が閉まると、僕はほっとしながらも今になって心臓がドキドキしてきた。  僕でもあんなふうにキレたりするんだな。知らなかった。言いたいことをはっきり言ったのは、もしかすると人生で初めてかもしれない。  スッとした反面、気持ちが高揚した反動なのか今度は激しく落ち込んだ。  小関は押しつけがましいが、悪気があったわけではないのだと思う。ならば、もう少し大人な断り方をすれば良かったんじゃないのか。  今までの僕なら、他人の不愉快な言葉も我慢して聞き流し、事を荒立てたりはしなかったはずなのに。  でも、これでもう小関が誘ってくることはないだろう。気まずくはなるけれど、毎日顔を合わせるわけでもないんだし、気にする必要はない。  言ってしまったことは元には戻らないのだ。今更考えても仕方がない。僕は自分にそう言い聞かせた。  けれど、頭ではわかってはいても、そういうことをいつまでもうじうじと考えてしまうのが、僕という人間なのだった。                ☆
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加