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ガサガサと雑草をかき分けて、僕は必死に走り続けた。足は重いし、酸欠状態で今にも倒れそうだ。
「待てって言ってるだろ!」
小関の声がすぐ後ろで聞こえるが、待てと言われて待つ犯人はいない。
ここで捕まれば、僕がミステリーサークルの犯人ということになる。そうなったとしても天狗の仕業などと言えないし、蒼羽くんを突き出すつもりもないけれど。
だけど、その代わりに僕が失うものは小さくはないだろう。このことが天星町で噂になれば祖父母に迷惑がかかるし、小関の信用も失う。ああ、それはもうこの前なくなったのか。
なんだか、僕はあやかし絡みで危ない橋ばかり渡っているような……。
今夜のことは白銀さんに頼まれたわけではなく、自分の意志で来ているのだから誰にも文句は言えないが。
「……もう……無理……っ」
しかし限界である。これはもう観念するしかないと、足が止まりかけたときだ。
いきなり、体がふわりと浮いた。
「え……?」
足裏に地面の感触がない。勘違いではなく僕は浮いていた。
体の芯がぞわりとするような浮遊感に包まれて、暗闇の中で遠ざかる田んぼを見下ろす。小関が走るのをやめてこちらを見上げていた。
「これって、飛んでるよね? なんでっ!?」
「騒ぐなよ! 落としても知らないからな!」
頭の上から蒼羽くんの声が聞こえる。つまり、僕は今、蒼羽くんに抱えられて空を飛んでいるらしい。
「蒼羽君、飛んでるけど……」
「……みたいだな。自分でもびっくりだ」
満天の星空の下、天星町は眠りに就いていた。闇の底に沈んでいるような町の中にぽつぽつと人家の灯りが見え、ひときわ煌々と光っているのは町で唯一のコンビニだ。町の横を通る高架橋の上を、時折重いエンジン音を響かせてトラックが走っていく。
夢のような夜間飛行に、僕は怖いと思うよりも興奮していた。
「すごいよ! ちゃんと飛んでるよ!」
「わかったから喚くなよ! こっちはただでさえ飛ぶのに慣れてないのに、あんたまで抱えて必死なんだよ!」
その声が本当に必死すぎて笑える。いや、笑っている場合ではない。
暗くてよくわからないが、眼下の灯りの大きさを考えると、地上二十メートルかそこらはありそうだ。僕は頑丈なあやかしではないので、ここから落ちたら間違いなく重傷、場合によっては死にかねない。
怖っ! ここで落ちたら、どういう状況で事故ったのか説明できないところがさらに怖い!
こんなときなのに、あやかしの存在をどうごまかすか頭の片隅で悩んでいるとは。僕も結構タフになったな。
蒼羽くんの大きな翼は風をとらえ、小関家の田んぼからもあっという間に遠ざかっていった。
「とにかく、安全な場所に着陸するぞ」
蒼羽くんはそう言って、ゆっくり地上へとランディングする。
少し躓きながらも、若い天狗の初飛行は無事に終了した。
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