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足が地面に着くと、僕は安堵のあまりヘナヘナと座り込んだ。
なんとか生きて帰れた。怖かった。でも楽しかった。
スリリングな経験をしたせいなのか、気持ちがスッキリしている。落ち込んだときにジェットコースターに乗るといいという話を聞いたことがあるけど、効果はきっとそれ以上だ。
「お帰りなさい、ふたりとも。空の旅はいかがでしたか?」
聞き覚えのある穏やかな声がして、暗闇の中から白銀さんが現れた。
「白銀さん、どうしてここに?」
「君が小関さんの田んぼのほうへ行くのがわかったので、気になって出て来てみました。どうやらうまくいったようで何よりです」
白銀さんが蒼羽くんを見て微笑むと、彼はわずかに頭を下げる。やっぱり、白銀さんに対してはやけに謙虚だ。
「疲れたでしょう。今日は定休日ですが、特別に店を開けてあります。蒼羽くんも、どうぞこちらへ」
偶然にも、着地した場所は『夜迷亭』とは目と鼻の先だった。僕は蒼羽くんと顔を見合わせ、白銀さんの後について行った。
看板は出ていなかったが、店内には灯りがともり、風斗先輩がなにやら準備をしている。入店した僕たちを確認すると、彼はカウンター席を視線で示した。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
「こんばんは、風斗先輩。僕も手伝います」
「今夜は定休日なんだから、あんたはいいよ」
「……はい」
白銀さんの住処へ行ったときと同様に、風斗先輩に断られる。今はあくまでも白銀さんのプライベートだから、手伝うのは自分の役目ということか。それが彼のプライドだと知っているので、僕は素直に引き下がった。
蒼羽くんは僕と並んでカウンター席に座ると、目の前に立つ白銀さんに改めて頭を下げた。
「天星様、先日は失礼な態度を取ってすみませんでした」
本当に、僕に対するクソ生意気な態度とは全然違う。白銀さんはこのへんのあやかしのボス(?)だから当然だけど。
もちろん、僕たち人間にとっても大事な氏神様なのだが。店ではただのイケメン店主なので、ついそのことを忘れそうになる。
「気にしなくて結構です。むしろ、君は天狗族であるにも関わらず礼儀正しく好感が持てます」
「ありがとうございます」
白銀さんは遠回しに天狗族の悪口を言っているんだが、蒼羽くんが嬉しそうなのでいいのか。こういうところが天狗っぽくないんだな。
「それで、初飛行はいかがでした?」
白銀さんに聞かれて、蒼羽くんが考え込むように視線を落とす。カウンターの上に置いた自分の手をじっと見つめ、彼はわずかに眉を寄せた。
「それが、無我夢中だったのでよく覚えていないんです。どうやって翼を動かしたのか……もう一度飛べる自信がありません」
いつものネガティブモードに戻っている。
さっきのは、テンションが上がってドーパミンが出ていた感じだろうか。あやかしにもそんな脳内物質があるかは知らないけど。
でも、蒼羽くん一人なら、走っても余裕で小関から逃げきれたはずなのに、彼は僕を見捨てずに戻ってくれたのだ。そのことが僕は嬉しかった。
「蒼羽くん、さっきは助けてくれてありがとう。飛べたことは事実なんだから、絶対にまた飛べるはずだよ。ほら、自転車だって一度乗れるようになると、しばらくブランクがあっても乗れるって言うし」
「自転車と一緒にするな」
「…………ごめん。そうだよね」
本っ当に、白銀さんに対する態度と違うよなぁ……。べつにいいけどさ。ちなみに、僕は自転車にも乗れないので、その感覚はよくわからない。
素っ気なく呟いた蒼羽くんは、どこか気まずそうに目を泳がせて、
「けど……結果的に、飛べたのはあんたがいたからだとは思う。だから、礼は必要ない」
などと、ぼそぼそ小声で付け加えている。
もしかして、今のは照れ隠しなのか?
なんだこの子、結構いい子じゃないか! ツンデレっぽいところが逆に可愛くて、男の僕でもなんかヤバいトキメキを覚えてしまう。
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