3 無花果(いちじく)渦巻くミステリーサークル

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 足が地面に着くと、僕は安堵のあまりヘナヘナと座り込んだ。  なんとか生きて帰れた。怖かった。でも楽しかった。  スリリングな経験をしたせいなのか、気持ちがスッキリしている。落ち込んだときにジェットコースターに乗るといいという話を聞いたことがあるけど、効果はきっとそれ以上だ。 「お帰りなさい、ふたりとも。空の旅はいかがでしたか?」  聞き覚えのある穏やかな声がして、暗闇の中から白銀さんが現れた。 「白銀さん、どうしてここに?」 「君が小関さんの田んぼのほうへ行くのがわかったので、気になって出て来てみました。どうやらうまくいったようで何よりです」  白銀さんが蒼羽くんを見て微笑むと、彼はわずかに頭を下げる。やっぱり、白銀さんに対してはやけに謙虚だ。 「疲れたでしょう。今日は定休日ですが、特別に店を開けてあります。蒼羽くんも、どうぞこちらへ」  偶然にも、着地した場所は『夜迷亭』とは目と鼻の先だった。僕は蒼羽くんと顔を見合わせ、白銀さんの後について行った。  看板は出ていなかったが、店内には灯りがともり、風斗先輩がなにやら準備をしている。入店した僕たちを確認すると、彼はカウンター席を視線で示した。 「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」 「こんばんは、風斗先輩。僕も手伝います」 「今夜は定休日なんだから、あんたはいいよ」 「……はい」  白銀さんの住処(すみか)へ行ったときと同様に、風斗先輩に断られる。今はあくまでも白銀さんのプライベートだから、手伝うのは自分の役目ということか。それが彼のプライドだと知っているので、僕は素直に引き下がった。  蒼羽くんは僕と並んでカウンター席に座ると、目の前に立つ白銀さんに改めて頭を下げた。 「天星様、先日は失礼な態度を取ってすみませんでした」  本当に、僕に対するクソ生意気な態度とは全然違う。白銀さんはこのへんのあやかしのボス(?)だから当然だけど。  もちろん、僕たち人間にとっても大事な氏神様なのだが。店ではただのイケメン店主なので、ついそのことを忘れそうになる。 「気にしなくて結構です。むしろ、君は天狗族であるにも関わらず礼儀正しく好感が持てます」 「ありがとうございます」  白銀さんは遠回しに天狗族の悪口を言っているんだが、蒼羽くんが嬉しそうなのでいいのか。こういうところが天狗っぽくないんだな。 「それで、初飛行はいかがでした?」  白銀さんに聞かれて、蒼羽くんが考え込むように視線を落とす。カウンターの上に置いた自分の手をじっと見つめ、彼はわずかに眉を寄せた。 「それが、無我夢中だったのでよく覚えていないんです。どうやって翼を動かしたのか……もう一度飛べる自信がありません」  いつものネガティブモードに戻っている。  さっきのは、テンションが上がってドーパミンが出ていた感じだろうか。あやかしにもそんな脳内物質があるかは知らないけど。  でも、蒼羽くん一人なら、走っても余裕で小関から逃げきれたはずなのに、彼は僕を見捨てずに戻ってくれたのだ。そのことが僕は嬉しかった。 「蒼羽くん、さっきは助けてくれてありがとう。飛べたことは事実なんだから、絶対にまた飛べるはずだよ。ほら、自転車だって一度乗れるようになると、しばらくブランクがあっても乗れるって言うし」 「自転車と一緒にするな」 「…………ごめん。そうだよね」  本っ当に、白銀さんに対する態度と違うよなぁ……。べつにいいけどさ。ちなみに、僕は自転車にも乗れないので、その感覚はよくわからない。  素っ気なく呟いた蒼羽くんは、どこか気まずそうに目を泳がせて、 「けど……結果的に、飛べたのはあんたがいたからだとは思う。だから、礼は必要ない」  などと、ぼそぼそ小声で付け加えている。  もしかして、今のは照れ隠しなのか?  なんだこの子、結構いい子じゃないか! ツンデレっぽいところが逆に可愛くて、男の僕でもなんかヤバいトキメキを覚えてしまう。
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