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本の蟲
春の葬式の後、坊ちゃんは小夜さんの側にいた。中分けの長い前髪を耳にかけ、黒門付の袴をばさりとさばいて屈んでいた。
「俺はやることがあるから、お小夜は恭と遊んできな」
「恭は遊んでくれないの。ずっとお父様のご本を読んでいて」
恭にとって葬式は退屈なものだった。だから旦那様の部屋で黙々と本を読んだ。
人が死ぬということを理解できない年ではなかった。
自分が居れば僕や坊ちゃんが要らぬ質問を受ける。
さめざめ泣いている小夜さんに掛ける言葉もない。
大人が絶えず動きまわって落ち着かず、居場所の無い一日。
「お前も一緒に読んだらいいだろ」
「読めないの。みんな知らない言葉なの。ねえお兄様」
『恭も遠くへ行ってしまうの?』
彼女は言う。この屋敷の男はみな足が外を向いている。
一人一人と居なくなり、部外者だけが残される。
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五歳からある女の勘。ぬぐえない懸念。今でも恭は余所者なのか。
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