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夢魘
その日は熱帯夜だった。波に揺れる私室。舷窓からは針のような月明かりが射して、酷い夢に魘され飛び起きた私をさやかに照らしていた。
(──自分は、どうしてあんな夢を……)
口元をおさえる。冷たい汗が頸を伝い、軽く呼吸が乱れていた。
夢の中で私は、ひとり船の墓場にいた。
空も海も鉛色。波音に合わせ冷たい風が吹き上がる感覚がやけに現実的だった。
ふと、足元にある物をみつけた。
「長門の万年筆……?」
江田島で何度となく見てきた。間違いない。
(長門が近くにいるのか?)
名前を呼ぶも、返事はなかった。
私は独りでいることが急に恐ろしくなり、遠景に怯えながら桟橋を歩き回った。また、靴に何かが当たった。
「大鷹の本だ……皆、どこに行ってしまったんだろう」
私はだんだん恐ろしくなって、三人の名前を叫びながら歩いた。死屍累々とたゆたう船の骸に私の声が反響する。
千鳥の物は見当たらない。見つかって欲しい思いと、見つからないで欲しい思いが交錯する。
走って、走って、走って──海の向こうから鯨のような二隻の艦影を見た。
それは真っ直ぐと、ゆっくりと差し迫り、私は最後の瞬間を予見し呼吸を止め、落水の幻覚の中目を醒ました。
その日は熱帯夜だった。
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霧島少尉が恐れていること。
戦艦『霧島』は最期、戦艦二隻を相手に砲撃戦をして壮絶に散りました。
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