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壱弐参死
「あー、今日も飲んだなー」
慈兵衛さんはライオンの様に大きく口を開けて欠伸をした。
「女将さん、勘定頼む」
「おい。俺まだ食ってんだけど」
おひたしを咀嚼しながら恭が抗議した。
「まだっつってもおめえ、もう店がしめえの時間だろうがい。いつまでも居座ってんじゃねえ。迷惑な野郎だな」
慈兵衛さんは恭の背中を煙管で小突いた。
会計係の僕が懐に手を入れると、女将さんがきょとんとした顔で瞬きをした。
「あれ、今日は四人でしたっけ?」
僕は自分と、恭と、慈兵衛さんを指差した。
「……三人です」
「でも慈兵衛さんの背中に」
僕と恭は無言で慈兵衛さんを見上げた。
「……でも、三人なんですよ。本当に」
「女将さん『こいつ』の分も一緒でいいぜ」
慈兵衛さんは背中を指差して笑った。
恭の猫のような目の瞳孔が開いている。
「慈兵衛さん、でも──」
「どうせ飲み食いしてねえんだ。三人だろうが四人だろうが勘定は同じだぜ」
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【解説】
慈兵衛さんは初めてじゃない。たぶん。
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