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ローレライ
霧島少尉は葡萄酒の入ったグラスをゆらゆら傾けながら、自分も少し傾いで呟いた。
「──前回の航海でちょっと不思議なことがあったんです。外の空気を吸いに甲板に出たら、遠くから美しい声が聞こえてきて……」
「……声、ですか。海上で?」
「はい。あれは歌でした、たぶん」
僕は少尉のお酌を受けながら、顔を覆うようにして眼鏡を押し上げた。
「素敵だなあ、帝国劇場で観たオペラのようだなあと思って聴いていて。そしたらすーっと艦が其方へ向かうわけです」
「……その後、どうされたんですか」
「歌いました」
「は?」
呆気にとられた僕に少尉は、愛らしい八重歯を見せて笑い掛けた。
「気持ち良くなっちゃって、望遠鏡で姿を見ようと操舵席まで降りがてら自分も歌いました!」
「……貴方は運の良い人です。もしまた同じことがあれば直ぐに耳を塞いでください」
「口ではなく?」
「耳です。耳」
僕は少し苛苛しながら少尉の後ろに回り込み彼の両耳を塞いだ。
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【解説】
操縦士が魅入られていた。もし少尉が大声で歌わなかったら……
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