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鵺
「坊ちゃんの顔が怖い」
「はあ?」
坊ちゃんは綺麗な唇から煙草を離し、「畏怖か」と勝手に勝ち誇った。
小夜さんがお兄様似の性格をしていなくてよかった、と熟思った。
「……得体が知れないから兎角怖いんです。そのくらいの権利は下さい」
「失礼な野郎だな。今日のは自信作なのに」
坊ちゃんはからからと笑った。
普通の神経をしていたら自分の顔を『自身作』なんて評さない。普通の神経をしていたら。
「目元は生憎親父に似てしまったが、鼻や口元なんかはほら──」
「……もう止しましょう。止してください」
「フン」
坊ちゃんは残念そうな顔をして、繊細に編み上げた髪の後ろに手を触れた。
「あ、ピン引っ掛かっちまった。宗介、鏡とってくれ」
少し手を伸ばせば届くのに、坊ちゃんはしきりに僕に命令する。この人はきっと旦那様の血が濃いのだ。これは、旦那様の血だ。
「……どうぞ」
「そのまま持っててくれよ。合わせ鏡」
「はいはい」
僕は鏡を返しながら坊ちゃんの頸を見ていた。白く、細く、水面を覗くしなやかで美しい白鳥の様な──
「そんなに似ているか? ──宗介」
幾重にも折り重なる鏡の回廊で、坊ちゃんが嘲笑った。
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【解説】
朝日はもう自分の本当の顔が分からないのかもしれない。先生は悔やんでいる。
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