燐寸売り

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燐寸売り

 ライオン像が吠える。誰かが沢山麦酒(ビール)を飲んでいる。  吠えるライオンの絡繰(カラクリ)を見遣る都司くんを、遠くから口の利けない女給がじっと見つめている。恭はふーんと呟いてサンドイッチをぱくついた。 「あの女、またお前のこと見てら。気があんのかな」 「多分」 「自信満々」 「直感です」  都司くんは狐の様な笑顔を恭に向けた。 「最初はカモにされてると思ってたんですが、あの()あんまりお金の価値分かってないみたいなんですよね」 「どういうこと?」 「見てて」  都司くんはいつものように視線で女給を呼び寄せた。手にはすでに燐寸(マッチ)が握られている。 「おや髪をきったのかい。お洒落で良いね」  女給は面映(おもは)ゆそうにポンポンと髪の裾を手で持ち上げた。  「今日は二つおくれ」  都司くんの白い手が女給に心付(チップ)を握らせて、代わりに燐寸(マッチ)を受け取った。  彼女は熱っぽい瞳で都司くんを見詰め、ふわふわした足取りで去っていった。 「何にも分かんなかったんだけど」 「これからです」  都司くんは小首を傾げる恭の(たもと)をついと人差し指でひっかけて、中にストンと燐寸をひと箱落とした。残りのひと箱はそのままテーブルの上に置いてある。 「珈琲(それ)飲み終えたら、もう一度出してみてください」  恭は言われたとおりカップを空にして、袂に手を入れた。 「……あ?」  入っていたのは、からからに乾いた銀杏の葉っぱだった。  テーブルの上には未だひと箱ある。都司くんは敷島(タバコ)の吸い口を薄い唇で潰すと、燐寸をザラリと擦り上げゆっくりと火を点けた。 「え、何で」 「ねえ?」  都司くんは煙草を口で咥えたまま燐寸をベストのポケットに入れた。 「ちょっと見ててください」  トントンと掌でポケットを叩く。白い指先がつまみ上げたのは、やはりからからに乾いた銀杏の葉っぱだった。 「騙されてあげると喜ぶので、とりあえず静観してます」 「お前またそういう……ほんと手品師になれよ、天職だわ」 「違いますってば。それにしても短髪(ボッブヘア)、可愛かったな。今度葉っぱの心付(チップ)をあげようかな」 「みんな狐なんじゃねえの、俺以外」  都司くんは端正な顔を傾けて、そろそろ尻尾出そうかなと笑った。 ********** 【解説】 『浅草オペラ』の女給さん、人じゃない。 https://estar.jp/novels/26060555/viewer?page=32&preview=1
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