第12章 自由

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結局、まだ未成年で高校も卒業していない身としては。今の時点で後ろ盾もなく自立しようってのは無謀だ、と判断して大人しく、離れて暮らす母を頼ることにしたのだ。 村の閉鎖的な人間関係に耐えられない、と言外に集団虐めに遭ってるようなニュアンスを匂わせて。村の有力者や警察関係の大物の子弟が関わってるから(半分本当。半分嘘)、父に相談しても無理そう。だけど打ち明けてどんな状況か知らせればそれはそれで彼を悩ませるから。という口実で父には内緒を貫いた。 このままただ逃げればわたし、ちゃんと高校を卒業できないで中卒になっちゃうし。後出しでいいからきちんと保護者の手で転校手続きを取ってもらってあと一年弱、都市部の高校で残りの課程を終えて何とか卒業資格を取りたい。そう考えると申し訳ないが結局、一度離れた母の家に頭を下げて再び舞い戻るのが一番良策に思えた。 「どうしてもそっちに戻りたい、って訴えたのをどう解釈してくれたのか。母も彼女のパートナーも、無理に我慢することないから早くこっちに出ておいでって言ってくれて。今日とりあえず、もう身ひとつでいいから逃げてきなさいって。駅まで迎えに来てくれる約束になってます。…いい機会だから水底さんも一旦ここで、村を出ませんか。交通費はわたしが持ちます」 確か、現金を持たせてもらえないからバスにも乗れないって話だった。やっぱりそれって逃亡を防ぐ意味もあるんだろうな、とちらっと思う。 わたしは彼女の手をしっかりと取り、ためらいの滲む目を覗き込んで訴えた。 「水底さんを一人でここに置いて出て、わたしだけ助かろうなんて。それはやっぱり、できないです。一緒に助け合って外で何とか生きていきませんか。何とでもなりますよ、二人でなら」 卒業までは母親の家にお世話になるし高校生の身だからあんまり大したこともできないけど。DVを受けてる女性のサポートをしてくれる団体とか調べれば出てくるし、とりあえず緊急避難的にそういうところを頼ってもいい。 大学生になったら親の家を出て一人暮らしをすれば、水底さんをそこに呼んで一緒に暮らせるし。わたしも一生懸命バイトするから生活できないことはないと思う。ここよりましだと考えれば、絶対頑張れるし何とかなる。 そう思って真剣にかき口説いたけど。…しばしのちに彼女は、きっぱりと首を横に振って下を向いた。 「…わたしはやっぱり。村に残るわ、このまま」 「わたしとじゃ。頼りないですか?一緒に逃げる気になれない?」 まあ、誘っても断られるかもしれないな。と内心覚悟してないこともなかったのに、やはりがっかりした声が漏れてしまう。 しょぼんとなって肩を落とすわたしの手を握り返して、水底さんは温かみのこもった声で優しく説いた。 「違うの、そうじゃない。わたしだってもちろん、あなたと離れるのはすごく寂しいわ。逆にごめんね、一緒にいたいって思いを表に出し過ぎて。柚季ちゃんにわたしを置いていけないって思わせて、身動き取りにくくさせちゃったなって…。でも、大丈夫」 彼女は片手を伸ばしてそっとわたしの髪を撫でた。 「いろいろと思うところがないでもない。けど、やっぱりわたしはこの村で生きていきたいの。ここではわたしにしかできない役割があるし、みんなに必要とされてる。ちゃんとやり甲斐も感じてるし、わたしがいてこそだなってプライドもあるのよ。…少々割り切れない不満を感じることもそりゃ、ゼロではないけど。それくらいはどんなお仕事でもある話でしょ?」 「うーん。…どうでしょう…」 わたしはそれでもまだ納得しきれずに唸る。性風俗なら、まあ。その手の産業に携わるプロにももちろん、やり甲斐や矜持はあるはずだが。 だからと言ってその仕事に一生を捧げてもいいのか?と、外から来た人間としてはどうしても考えちゃうけど…。無理強いはできないか。 あなたがやらされてることは非人道的だし立場としては村の奴隷のようなものだ、とここで面と向かって言い放つこともできない。確かに特殊な技能が必要な任務だし、水底さんが他の誰よりもそれを上手くこなせるっていうのも嘘じゃないだろう。 そのことは、彼女に何回も心と身体を慰められて救われたこのわたしが身をもって知ってる。でも、本当にこの人をこんな環境に一人置いて出て行っても大丈夫なものか。…うーん。 しばし頭を悩ませて、結局わたしは折れた。 「…わかりました。とりあえず今回は引きます。けど、やっぱり考えが変わったとか状況が変わって我慢できなくなったとかいうときは、迷わずすぐ連絡ください。いつでもサポートします」 まあ、どのみち今のわたしには経済力も世渡りする術もないし。ある意味彼女を向こうで引き受けられる力をつけるための準備期間をもらったんだと思えば。 わたしは水底さんの手をしっかりと握って熱を込めて訴えた。 「あなたがいつ逃げ出したい、と思い立ってもいいようにわたしも向こうで頑張って受け入れ態勢を整えておきますね。だから遠慮しないで、少しでもつらいなと感じたらいつでも教えてください。何ならちょっと愚痴こぼすだけでも構いませんから、気軽に」
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