第12章 自由

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「柚季ちゃん。…柚季ちゃん!」 ぼそぼそと暗い声で独りごちるわたしの肩をとんとんと軽く叩いて、水底さんは抑えた声で注意を促した。 「しっかりして。そんな風に考える必要ないよ。このままじゃ自分が保たないってわかってるときに逃げ出すのは健全だし、当たり前のことでしょ。あとのことまで考える義理なんてない。…それに、柚季ちゃんに振られたあとあの人たちがどうするかはまだ誰にもわからないじゃない。案外うじうじ引きずって、ずっとあなたのこと思って独身のまま終えたりして」 「いやーそれは…。ないと思いますけど。あっても困る、正直」 わたしは笑う余裕もなく思わずどん引きしてしまい口ごもった。 彼女の軽い口調からしてただの冗談なのはわかるけど。それはさすがにあって欲しくない。てか、忘れて。わたしのことなんて、瞬殺で記憶から消去してほしい、あの二人には。 「わたしなんて、たまたま赴任してきた警官の家族だったってだけのランダム人材であって。別にもともと、あの人たちに見そめられたり気に入られたからここに来たってわけでもないですからね?てかあの人たち、あんな凄みのある美形で感じもよくて超ハイスペックなんだから。普通に街に出て、そこで恋愛対象引っ掛けてくればいいのに、自力で。いくらでも嫁に来たいって手を挙げる女の子、いると思う。二人がそれぞれ真剣な恋愛結婚をして、奥さんを村で共有させずに普通に大事にしてあげれば。それで済むことだと思うけどなぁ…」 「それは斬新な考え方ね。まあ、村人に新しい血を行き渡らせるにはどのみちそれじゃ足りないけど。少なくとも夜祭家に関してはその方が安泰かも」 けろっとしてそんなことを呟く水底さん。いや、普通に恋愛をして双子がそれぞれ自分だけの配偶者を見つけろってのは別に全然斬新な視点ではないです。むしろごく一般的に誰もがしてることなので…。 「まあ、今からあんまり悪い方悪い方にと考えても仕方ないわよ。もしかしたら柚季ちゃんに逃げられたあと、このやり方じゃもう新しい女の子は来ないだろうって気づいて方針を変えるかもしれないし。神さまの言うことだし村の伝統だから変えられない、って固執し続けるなら何代か先には維持しきれずに結局村ごと廃れて終わるかも。…どうなるかは何とも言えない。わたしがこの村の伝統を終わらせるわ、ってきっぱりと請け合ってあげられなくて。そこは申し訳ないけど」 「いえ、それは全然…。無理ないと思います。わたしだってただ自分だけ逃げるしか出来ずに。この村の将来のために何ひとつ貢献できなくて」 本当はそりゃ、問題点を全て解決するのに充分で万能な秘策とか。せめて村人も器の女性も双方何とか折り合えそうな折衷案とかを出して、多少なりとも村の方式を改革していける手助けをできれば一番よかったんだけど、わたしの方だって。 だけど。まあ無理だよなぁ、って本音のところでは諦めの気持ちではある。この現状を変えなきゃって少しでも思ってるのは村ではわたしを除くと多分水底さんだけ。あとの人たちは全然、このままの村がずっと続くことに何の不満も抱いてないんだもん。むしろこれが永遠に続けばいいと思ってる。 そういうところで変化を促すのはすごく難しい。どうやったってこっちが少数派だしね。変わらなくても困らない人たちで構成されてる集団だから、小さな声を聞き入れてくれる必然性が何もないし。 だからそのうち、ほとぼりが冷めたらまた、何も知らないよそ者の女の子を上手いこと引き込もうと画策が始まるんだろうなぁと思う。それで犠牲者が足掻くのをやめて諦めて従ってしまえば。結局村はまたひと世代、何も改革しなくても安泰が続くことになるわけだし…。 暗い予感に重いため息をひとつついて、わたしはおもむろに水底さんに向かって切り出した。 「…もし、今後わたしの後任の子が選ばれて村に来て。まあそんなことはまず難しいでしょうけど、本人がこの村のやり方が水に合って喜んで馴染んでれば。もちろんそのままでいいんですけど」 他の土地で生まれたのに、本質的に綺羅みたいな生まれつきの性分の子だったらそれもありか。確率的にはかなりレアだとは思う。こういうの、条件を開示してこんなやり方だけど全然オッケーって女性いる?って広く募るわけにいかないからなぁ。まあ、難しいよね。 「それはそれとして。…もし万が一、新しい器候補にされた子が孤立してたり悩んで困ってたりしたら、お手数ですけど教えてもらえますか?何ができるかわからないけど。放っておくのはよくないと思って…。水底さんは間に入って、最初の連絡を取り持ってくれるだけでいいんです。わたしが介入することが必ずしも村のためになる結果になるかどうか。正直なところ保証できないんで」 水底さんは当たり前よ、とでも言うようにしっかりと大きく頷き請け合ってくれた。 「それは。…そうする。わたしもずっと柚季ちゃんを見てたし、うちの母のこともあるから。その子が悩んでたら放っておく気にはなれないわ。誰か新しい女の子がここに来ることになったら、まずは相談させてもらうね。何かと頼りにすることになっちゃうけど、柚季ちゃんのこと」
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