聖女(?)が召喚されました。

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 広間で、神官達が一心に祈りを捧げている。  数年前より、この国は様々な災害に見舞われてきた。  そのため、人々は疲弊し、小競り合いが国の各地で頻発していた。  王や大臣達は何度も話し合いを重ね、ついに《聖女》を召喚する事を決めたのであった。  祈りが終わりに差し掛かった頃、広間の床がまばゆい光を発した。  その中心に、ふっと小さな影が現れた。 「おおっ!」 「聖女様が……!?」  光を浴び、きらきらと輝く薄茶色の毛並み。 「……」  大きな瞳は、眩しいのか糸のように細い。 「…………」  ぷっくりと愛らしいひげ袋。  短めのしっぽは誇らしげにぴんと立っている。  人々は聖女(?)召喚を祝い、高らかに声をあげた。 「「「猫だろ!」」」  大声に驚いたのか、猫はぶわっと毛を逆立てた。 「驚かすな。可哀想ではないか」  心根の優しい第一王子が、猫の元に歩み寄る。  警戒しているのか、猫は王子に向かってしゃーっと牙をむき出した。 「王子、危険です!」  大臣達が止めるのも聞かず、王子は猫の前に膝をつき、そっと手を差し出した。 「驚かせてすまない。大丈夫か?」  猫は威嚇をやめ、差し出された王子の手の匂いをふんふんと嗅いだ。  何やら納得したらしく、そのまま王子の手に頭を擦り付けた。 「……っ」  王子が思わず固まっていると、ごろごろと喉を鳴らしながら王子の足に体を擦り付けてきた。 「かわいい……っ!」  その瞬間、王子がオチた。完全にオチた。 「父上」  王子は、父親である国王を振り返った。  ちなみに、手は猫の頭を撫でている。 「聖女(?)のお世話は、私におまかせください」 「ああ、うん。好きにしなさい……」  伯爵令嬢は、憤慨していた。  婚約者である第一王子が、召喚された聖女に夢中になり、人目もはばからずイチャイチャしているという噂を耳にしたのだ。 「……許せません」  王子にも、聖女とやらにも、一言ガツンと言ってやらなくてはならない。 「やめてくれ、くすぐったい」  中庭のベンチの辺りから、王子の声が聞こえてきた。  一緒にいるのは、聖女のようであった。    なんと、このような場所で。  幼い頃より淑女として妃教育を受けてきた伯爵令嬢は、あまりの事に卒倒しかけた。  どうにか気を持ち直し、伯爵令嬢は手にした扇子を握りしめた。 「あなた達、どういうつもりですの!?」 「え?」  突然の伯爵令嬢の叱責に、王子は驚いたようであった。 「……あら?」  だが、伯爵令嬢の予想を裏切り、聖女の姿はそこにはなかった。  王子の膝の上に座る茶色の猫がいるだけであった。 「ああ、まだ紹介していなかったな。こちらが、聖女(?)だ」 「……聖女(?)」  どう見ても、猫なのだが。  猫は、伯爵令嬢の持つ扇子の飾りに興味をひかれたのか前足を伸ばしてきた。 「あ、駄目です。これは母からいただいた……」  猫は上目遣いに伯爵令嬢を見やり、遠慮がちにちょんちょんと扇子に触れた。 「……かわいいっ!」  伯爵令嬢がオチた。完全にオチた。 「そうだろう! 君も一緒に座らないか?」 「はい」  王子の申し出に、伯爵令嬢は喜んで頷いた。  そのような事を繰り返し、召喚された聖女(?)は人々を虜にしていった。  数ヶ月後には、国民のほとんどが聖女(?)に心酔するようになったほどである。  その姿に癒され、ごろごろという尊い声(?)を聞くと、不思議と活力が湧いてくる。  争い事はめっきり減り、疲弊していたはずの民は張り切って働き出し、国は活気にあふれた。    その功績を称え、正式に《聖女》の称号を与える事が決まった。  だが、この聖女(?)オスなのである。        
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