1 与えられた運命

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 この日、町では神様に感謝を伝えるための祭りが催されていた。  朝から町の至る所では屋台が開かれ、人々は美味しい物を食べたり、歌ったり踊ったりしている。  今年は百年に一度、こちらの世界と神様の世界が繋がれる特別な年ということで、例年にも増して盛大に祝っているようだ。  町のあちこちで大きな歓声が上がっているそんな中、ニーナは人気のない場所で一人項垂れていた。そこは町から少し離れた丘の上であり、町を見渡すことができる場所でもあった。 「ニーナ、お待たせ」  顔を上げると、幼馴染みのウィルが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。彼はいつものように優しく微笑むと、ニーナの隣に座ってきた。 「ねぇウィル、私聖女になんかなりたくないよ」  ニーナが甘えるように彼の腕にしがみつくと、ウィルは困ったような顔をした。 「僕もキミが聖女になるのは嫌だよ。こんな運命を受け入れるなんて耐えられない」  そう言って頭を撫でてくれる彼こそが、ニーナの恋人でありこの先の人生を共に歩んでいきたいと思っている相手である。  彼は神官の息子で、いずれはその跡を継ぐことが決められている。  優しくて穏やかなウィルのことがニーナは昔から好きだった。  こんなにも素敵な恋人がいるのに、どうして自分は聖女の使命など背負わなくてはならないのか。  それだけでなく、ウィルもまた神様から与えられた運命によって町一番の金持ちの娘と結婚するよう定められている。  ニーナは彼と結ばれることができず、ウィルは別の女性と結婚しなければならない。そんな状況に、二人とも不満を感じていた。 「私たち、このまま別れないといけないの?」  ニーナは悲しげな表情を浮かべながら呟く。ウィルもまた同じ気持ちなのか、眉間にシワを寄せている。 「……僕は諦めないよ」 「えっ?」 「僕は絶対にニーナを諦めたりしない。例えどんな障害があったとしても、必ず乗り越えてみせるさ」  そう言ってウィルはニーナの手を握ると、指先にそっと口づけた。  まるで騎士が姫君に忠誠を誓うような仕草に胸の奥がきゅんきゅんとうずいてしまう。  涙ぐんだ瞳を隠すために俯いたニーナだが、ウィルの手が伸びてきてそっと抱き寄せられる。  そしてそのまま、彼の唇が近づいてきて――。 「ニーナ! どこにいるの?」  遠くの方から聞こえてきた声に、二人は我に返って体を離した。どうやら母が捜しているようだ。 「あぁ、こんなところにいたのね」  母は娘の姿を見つけるなり安堵の息を漏らす。けれどウィルの姿を視界に入れると、途端に不機嫌そうな顔をする。 「……あなた、うちの子に何をしていたの?」 「いえ、何も」  母はウィルを睨みつけると、娘の手を引いてその場から立ち去ろうとする。 「痛い! お母さん、そんなに強く引っ張らないで」 「あなたには聖女としての自覚がないの? 少しは自分の立場を理解なさい!」 「私は別に聖女になりたいわけじゃ……」 「言い訳なんか聞きたくありません。ほら、早く行きますよ」  母親の剣幕に押される形で、ニーナは渋々歩き出す。  最後にもう一度だけウィルの顔を見ようと振り返ると、彼は悲し気な顔をしてこちらを見ていた。
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