1 与えられた運命

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「いいことニーナ。今日はお前にとって大切な日なのよ」  母親に急かされて町の広場へとやって来たニーナは、白い衣装に身を包んでうんざりと肩を落としていた。普段は動きやすい格好ばかりしていた彼女にとっては窮屈極まりなく、あまり着心地の良いものではない。 「こんな服、すぐに脱ぎたい」 「何を言っているの、これから儀式が始まるというのに」 「私やっぱり、聖女なんて辞退したいよ」 「駄目よ。これは神様が定めたことなのだから」  母はそう言うと、今度は優しい声でニーナの髪を撫でてくれた。 「お前もわかっているでしょう。聖女は神様に仕え、人々を導くことを宿命付けられているの。とても名誉のある役目を担っているだから、それに相応しい振る舞いをしなくてはいけないわ」 「そんなのおかしいよ。どうして私が自由を奪われないといけないの?」 「それは神様がそうお決めになったことだから、私たち人間がどうこうできる問題ではないの。それにもし神様に逆らったりしたら、罰が下ってしまうわ。あなただって、あの『裏切り者のティニー』のようになりたくないでしょう?」  その名前を聞いた瞬間、ニーナは更に憂鬱な気分になった。  ティニーというのは何世代も前に聖女として選ばれた女性だ。彼女は聖女の役目を放棄し、町から逃亡しようとした。しかし町の人々を見捨てて逃げようとした彼女は神の怒りに触れてしまい、罰として神様の世界へと連れていかれてしまったらしい。  それ以来彼女は裏切り者のティニーと呼ばれ、その悪事はおとぎ話として伝えられている。  子供の頃から何度も何度も聞かされた話に、ニーナはうんざりと肩を落とした。 「だからニーナ、大人しく従いなさい。大丈夫、きっと幸せになれるわ」  そう言って微笑む母を見て、ニーナは何も言えなくなってしまった。  やがて儀式の時間になった。大勢の人が集まる町の広場には祭壇が設けられていて、今からニーナはそこに立って祈りを捧げることになる。  正直気が進まないが、ここまで来て逃げ出すことはできないだろう。 (あーあ、いよいよ始まるのか)  ニーナは観念したように背筋を伸ばして祭壇に上がっていく。今日は聖女として初めて人前に出る大切な日だ。  やることは簡単、前任の聖女から祝福を受けた後、神様に祈りを捧げて民衆に癒しの魔法をかけるのだ。  人々は皆一様に膝をついて両手を組み、儀式が始まるのを待っている。 「ではこれより、新しい聖女様の就任の儀を始める」  神官の宣言により、いよいよ儀式が始まった。  最初は先代聖女による挨拶があり、それから新任のニーナの出番となる。 「新たなる聖女の魂に神の加護がありますよう」  そう告げられたニーナは大きな息をつくと、仕方なくその場にしゃがみ込んだ。そして両手を組むと、目を閉じて静かに祈りの言葉を紡ぐ。 「我らの神よ、どうか……どうか」  やばい、祈りの文句を忘れたとニーナは焦りだす。 「えっと……我らに慈愛と恵みをお与えください。平和と繁栄をもたらしてください」  ニーナは冷や汗を流しながら、必死に言葉を絞り出そうと記憶を辿る。 (……えっと、あれっ? 他に何かあったっけ?)  考えれば考えるほど頭が真っ白になってしまい、ニーナは次第にパニックに陥っていく。すると横にいた神官がこっそり教えてくれる。 「大いなる光の導きに従い、この身と心を清らかに保ち、人々の安寧を願い、日々感謝と奉仕の気持ちを持ち続けることを誓います」 「おっ、大いなる光の導きに従い――」  ニーナはどうにかその言葉を繰り返し、たどたどしくも何とか無事に務めを果たしていく。  けれど祈りの言葉を終えて立ち上がろうとした直後、長い衣装に足を取られてバランスを崩してしまう。 「わぁ!」  ニーナは床に転んでしまい、恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。  幸いにも怪我はなかったが、集まっていた町の衆はざわざわと騒ぎ始めた。中にはくすくすと笑うような声も混じっており、ニーナはますます居心地の悪さを感じてしまう。  それでも儀式は続き、次は町の人々へ癒しの魔法をかけなければならない。  ニーナは大きく深呼吸をしてから杖を握りしめ、意識を集中させる。 「聖なる光よ、我に力を――」  だがニーナが呪文を唱えようとした時、彼女の杖はぶるぶる震え出し、ニーナ一人では制御できないほどの大きな力が溢れ出してきた。 「何これ? どうなってるの!?」  力はどんどん膨らんでいき、電撃となって町の衆に降り注いでいく。 「きゃあああああ!」  あまりの衝撃に人々は悲鳴を上げながら逃げまどい、辺りは騒然となった。 「ニーナ、落ち着きなさい! ニーナ!」  母は慌てて娘の元へ駆け寄ると、落ち着くように説得を試みる。  けれどニーナの暴走する力を抑えることは叶わず、それからしばらくの間、広場は大混乱に陥ったのだった。
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