神様のお使いに出会う

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神様のお使いに出会う

「いいアイデアが浮びますように」 子どものころからの習慣で、京都市北区の船岡山に毎朝お散歩に来ているけれど、最近は建勲神社と義照神社、稲荷命婦元宮にお参りをしている。 半年前、誰でも気軽に休憩してもらえるようにと petit pause という名のカフェを鞍馬口通にオープンしたけれど、なかなかお客さまが増えない。 新しいメニューを出したりタウン誌にクーポンをつけたり、いろいろ工夫をしてみたけれどあまり変わらない。 「はぁ…暇でボーッとしててもそれはそれで疲れるんだよね」 明日はお休みだしまた何か考えよう、と思いながらベッドに転がりこんだ。 その夜、不思議な夢を見た。 目がさめても内容をはっきり覚えている。 「大徳寺納豆を使った料理を考えると良い」 銀色の綺麗な毛並みの狐がそう言っていた。 「お稲荷さまのお告げだったりして…」 義照神社の隣にある稲荷命婦元宮には、船岡山の霊狐が祀られている。 この霊狐は告狐として神様のお告げを伝えるために、人々の夢の中に現れると聞いたことがある。 「大徳寺納豆か。なんだか地味な気がするけどせっかくだから考えてみよう」 まずはランチに出せるようにパスタがいいかなぁ。京野菜も使おうかな。 料理は好きだし、あれこれ考えてたらなんだか楽しくなってきた。早く試作してみよう! 白味噌と豆乳のクリームに、刻んだ大徳寺納豆を混ぜてパスタに絡める。 「ちょっと甘いかなぁ」 白味噌を減らして大徳寺納豆を少し増やし蒸した京野菜を彩りに添えてみた。 「うん、おいしい!」 次は京野菜とチキンのグリルだ。マヨネーズにすり潰した大徳寺納豆とヨーグルトを少し混ぜる。そこに一味か七味をお客さまのお好みでかけてもらおう。 チキンにはすりおろし玉ねぎを揉み込んだから、柔らかくてジューシーだ。 まずはパスタを明日のランチメニューに出すために準備をしていると、店の外で物音がした。 「なんだろう」 「すみません…お腹がすいて…」 「ごめんなさい。今日はお店、お休みなんです」 「お願いします。少しでいいのでなにか食べさせてください」 どうしよう…今にも倒れそうな弱々しい声だ。 窓からそっと覗いてみると、すらりと背の高い人が壁にもたれている。立っているのも辛そうだ。 店の前で倒れられても困るので警戒しつつドアを開けると、そこにいたのは高校生ぐらいの綺麗な顔立ちの男の子だ。 「あの、お水だけでも飲ませてください」 「お水ぐらいなら…あっ、それなら試食してもらえる?新しいメニューを考えているところなの」 「試食…」 男の子をテーブル席に座らせてお水とお手拭きを置くと、勢いよくお水を飲み干した。 よっぽどお腹がすいているようだ。 「お待たせしました。大徳寺納豆の味噌クリームパスタです」 男の子の表情がパッと明るくなった。パスタを見つめる瞳がキラキラしている。 「いただきます」 最初の一口をゆっくり味わい、おいしいと呟いたあと一気に食べてしまった。 満面の笑みでこちらを見ている。 「え…?」 白くてもふもふの耳としっぽが見える。目を閉じて深呼吸をしてもう一度見てもやっぱり見える。 「み、耳としっぽが!」 男の子はハッとして頭に手をやると、真っ赤な顔をして俯いてしまった。 あれ?よく見るとこの耳としっぽ、夢に出てきた狐に似てる気がする。 夢の狐は銀色でこの子は真っ白だけど… 「驚かせてごめんなさい。ぼく、船岡山のお稲荷様のお使いなんです」 「あれは本当にお稲荷様のお告げだったってこと?」 「はい、あなたの夢に現れたのはぼくがお使いをしているお稲荷様です」 なんだか訳がわからないけど夢には確かに狐が出てきたし、目の前ではもふもふのしっぽがゆらゆらしている。とりあえず今はこれが現実だと思うしかなさそう… 「あの、わたしは椋平雫月といいます。あなたのお名前、教えてもらえる?」 「名前は…ないです」 「え…名前ないの?」 困った。なんて呼べばいいだろう。 「それならわたしがお名前考えてもいい?」 「本当ですか?名前つけてもらえるなんて、とってもうれしいです」 「それなら、真っ白なしっぽの狐さんだから、狐雪って言うのはどうかな」 「狐雪…ぼくの名前は狐雪。うれしいです。ありがとうございます」 しっぽをブンブン振っている。よろこんでもらえてよかった。 「ねぇ狐雪。もう一品食べられる?」 「はい、まだまだ食べられます!」 次は京野菜とチキンのグリルだ。今回はマヨネーズソースにちょっとだけ七味を混ぜてみた。 口いっぱいにチキンを頬張っている。 耳もしっぽもパタパタしている。こんな仕草を見ると結構幼い感じがするな。 「これもおいしいです。どっちももっと食べたいくらい」 両方ともおいしいと言ってもらえたから、明日から Aランチはパスタ、Bランチはチキンのグリル、Cランチは今までのメニューを日替わりで出そう。 狐雪はもう一人前ずつおかわりして、何度もお礼をしながら元気に帰っていった。 「いらっしゃいませ」 観光で来たと言う女性二人組のお客さまを窓際のテーブル席に案内した。 「ご注文はお決まりですか」 「わたしは Aランチ」 「それじゃあわたしは Bランチにします。あと、二人ともホットコーヒーお願いします」 ランチには食後のドリンクがセットになっている。 「お待たせいたしました。Aランチと Bランチです。ごゆっくりどうぞ」 二人は料理の写真を撮ってから食べ始めた。 食後のコーヒーを持っていくと 「すみません、お料理おいしかったから SNS に写真投稿してもいいですか」 「ありがとうございます。ぜひ投稿してください」 それから一週間ほど経ったころ、なんだかお客さまの数が増えてきた気がする。 さらに一週間後には一人でランチタイムを乗り切るのが大変な状況になっている。 「SNSに投稿されてたパスタ、お願いします」 「写真見たんですけど、京野菜とチキンのグリルありますか」 「はい、少々お時間いただきます。申し訳ありません」 もしかして、最初のお客さまの投稿が拡散されているってこと? 「こんにちは」 「いらっしゃい…あっ」 一人でバタバタしているところへ狐雪がやってきた。 「雫月、大変そうだからお手伝いさせてください」 そう言って、わたしが返事をする間もなく注文を聞いたり料理を運んだりと、なにも教えてないのにテキパキと動いてくれた。 おかげで無事にランチタイムを終え、やっと一息ついている。 「ねぇ、どうしてあんなに完璧に対応できたの?なんにも教えてないのに」 「それは、いつも雫月のお仕事を見ていたから」 「え、どうやって」 「ぼくはお稲荷様のお使いだから…」 狐だからなにかに化けて潜んでたとか? こ、こわい… でもなにも悪さはしてなさそうだし、仕事はしっかりできてたのだから、まあいいか。 「雫月。明日から毎日お手伝いに来てもいいですか」 「え、でも…」 「お願いします。お手伝いさせてください」 今日は狐雪にとても助けられたし、しばらくこの状況が続くかもしれない。 手伝ってもらえれば調理に集中できるし、お客さまをお待たせする時間も短縮できる。 でも狐雪にはほかにやるべきことがあるはず。本当は忙しいんじゃないのかな。 「狐雪にはほかにお仕事があるんじゃないの」 「実はお稲荷様に、しばらく雫月のお手伝いをするようにって言われて来たんです」 お稲荷様が?それなら… 「ねぇ、これからちょっと船岡山に行こう」 「お稲荷様、今日は狐雪にお手伝いしてもらえて助かりました。ありがとうございました。お言葉に甘えてしばらく狐雪をお借りします」 稲荷命婦元宮でお稲荷様にご挨拶をして、狐雪にはお手伝いをお願いすることにした。 狐雪はしっかり働いてくれる。愛想もよく丁寧に接客するので、お客さまにも人気がある。 試食をしてもらいながら、新しいメニューもたくさん考えた。 常連になってくれるOLさんやSNSを見たと言って来てくださるお客さまも多く、ずっと忙しいまま一年ほどが過ぎたころ… お稲荷様の言いつけで、狐雪は正式に petit pause の従業員になった。 「今日もいいアイデアが浮びました。ありがとうございました」 船岡山にお散歩に行き、お稲荷様にご挨拶をする。 そして今日も狐雪と一緒にお店に向かう。
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