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告白
それは、地学室の机の中に置き去りにされていた、1枚のメモから始まった。
【 告 白 】
正直、自分が他人よりも容姿が優れているということはとっくの昔に自覚している。
幼稚園児のときから自分のまわりがやけに騒がしいことに何となく気づいてた。
朝のバスでも、お絵描きの時間でも砂場遊びでも、帰りのバスでも、女の子はこぞって俺のところへやってきて、奪い合いやら争いを繰り広げていた。
最初はあんまりの勢いに子供心ながらビビったけど日常化すればだんだんと慣れた。
そのうちその争いに巻き込まれるのが面倒になってきたので、ちがう子のところへ行ったらそれを火種に俺の前でまたいじめやら言い争いがはじまった。
どうして自分がいるだけで女の子はケンカをしたり、服をひっぱったりするんだろう。
わざと物を隠して気を引いてきたりするんだろう。
なんで他の子と喋っただけでぷりぷり勝手に拗ねるんだろう。
その原因はなんだろうかと思っていた時に、俺をめぐっての女の子同士のケンカを耳にした、同じ幼稚園に通う女の子の母親が言った。
「ヒロムくんはかっこいいから、みんな仲良くなりたくてヤキモチ妬いちゃうのよきっと」と──……。
幼稚園がそれなら小学校も例に漏れず。
普通に授業中に手を挙げただけでも、体育の跳び箱を6段跳んだだけでも女の子はきゃっきゃと近づいてきた。
小学生になり大きくなるにつれて、あの女の子の母親が言っていた事がどういう事なのか分かってきた。
たしかに集合写真を改めて見ると、俺だけ妙に浮いているように感じた。
だからといってそれが嬉しいわけではなかった。
ずっとこの顔で生きているだけなのに勘違いや評価も含めて寄られることは身勝手に感じて、何となく良い気持ちじゃなかったからだ。
バレンタインや卒業式、中学生になれば文化祭や体育祭の前後に告白されるのなんて当たり前すぎて、正直どうでもよかった。
だってその中に、俺が好きになった子は誰一人いなかったから。
「ヒロムくん、よかったら私と付き合って!釣り合うように可愛くなるから!」
「ありがとう。でも、ごめん。俺気になってる子がいるから」
申し訳なさそうに、かつ笑顔で答える。
下駄箱に見知った名前で手紙が入っていたので、指定の昼休みに中庭に来てみれば同級生の女子がいた。
多分1年の時に同じクラスだったかと思う。けれど会話した記憶もないので、先ほどの断り以外に思いつくセリフがなかった。
彼女は俺の返事を聞くと、残念そうに目を潤ませて「そうなんだ……その子と、うまくいくといいね……」と言い走り去って行った。その背中を見ながら教室へ戻る為に歩き出すとあくびが漏れた。
気になってる子がいるとか全くの嘘だけど、断るには体の良い当たり障りのない大正解の解答。
というか、貴重な昼休みにこんなことで呼び出されるの、正直ウザいのが本音だ。
こんなことで自分の時間をとられるなら友達とスマホゲームやってるほうがはるかに楽しい。
教室に戻るなり仲のいいノリヤスが「モテ男お帰りー!」とはやし立てた。
もう一人仲のいいヤマシタが「ほんとどうやったらそんな顔面偏差値高く生まれてくんだよ。羨ましいわ」と笑いながらちょっかいを出してくる。
俺はうんざりしながら「顔面偏差値高くても、彼女持ちのお前らと違って非リア充ですから」と自嘲した。
二人は面白そうにしながら「自分で言ったよコイツ」「これだからイケメンは」「モテ男は」と勝手な事を言うので、俺はノリヤスの席にわざと座ってケータイをいじりはじめた。
実はさっきから呼び出されるのに中断していたスマホゲームを再開したくてしょうがなかったのだ。
アプリにログインし、ゲーム開始画面になったところでさっきの告白を思い出す。
「どうせみんな一緒じゃん。中身もよく知らねーのに付き合いたいとも思わねーし、そもそも今日の子だって俺ほぼ初めてちゃんと会話したかんじだし」
かといって友達とか増やすのメンドーだから友達から仲良くしようみたいなのもしたくない。
そもそも女友達って俺、いないかも。別にいいんだけど。
「こじらせ男子ってやつですな、ノリヤス殿」
「今流行りの、こじらせヤンデレ系ですなヤマシタ殿」
「うるせーっての。俺の貴重なパズドラタイム削られてほんと凹むわ」
「昼休みもギリだしな。次、選択科目の移動教室だからそろそろ行かないとやばくね?ノリ、お前当番じゃね」
「やっべ!!忘れてた!先に化学室行ってるわ。」
「おー。俺も地学室いかねーと。ヤマシタもどうせ隣の化学室だから一緒に行こーぜ」
「おー」
友達同士でつるんでんのが一番気楽で楽しい。
だけどこいつらには彼女がいるんだよな。そりゃ俺も彼女がいた時もあったけど、どれもすぐ別れたから、正直人を好きになるとか分からない。
人のどこを好きになって、可愛いと思えるのか、付き合いたいとか思うのか分かんねー。
だから「顔がいいから」とかそれだけの理由も納得ができない。
顔が良くてだんだん好きになれるんなら俺も元カノたちのこと好きになれたはずだ。
みんなどれもすげー可愛い顔だったけど、付き合ってて何か違うって感じがいつもして、結局別れてきたし。
結局は顔がよくたって性格が自分と合ってないとうまくいかないに決まってるし、見た目だけで入られて中身で落胆だなんてそれこそ身勝手だ。
好きになれなかったことを責められてもしょうがないとしか言いようがない。
むしろ見た目だけで決めてかかってきたのはそっちだろって気持ちのほうが大きいぐらいだ。何様だと言われてもかまわない。
好きってなんだ?とさえ最近は思うほど、ゲームより夢中になれるものなんか今の俺には見当たりそうにない。
予鈴が鳴る前に次の教室へと移動し、ヤマシタと化学室前で別れて俺は地学室へと入った。
2組混合の選択授業だけど、地学をとってるやつは12人くらいしかいない。
ほとんどがスライド授業で、地層の仕組みや天体のこととか、眠い内容が多い。
だから今日も寝る気満々で、俺はいつもの端っこの席に座った。
そのとき、机の中に折りたたんだ紙切れを発見した。
何だ?どうせくだらねーこと書いてあるんだろなと思いながらも、興味本位で紙切れを開いたら意外にも綺麗な字が目に飛び込んできた。そしてそこにはシャーペンでこう書いてあった。
“ありがとう。それと、本当にごめんなさい。”
紙切れもよく見るとちゃんとした小さいメモだった。
紙はピンク色で、リボンとか星とかなんかファンシーな絵柄。明らかに女子の趣味っぽい。
それにしても『本当にごめんなさい。』とは、これは告白でも断ったんだろうか。
……このメモはどうすべきか。
地学室の机に畳んで置いてあるんだからきっといらないに違いない。
だから放っておくか捨てればいいんだろうけど、どういう風の吹き回しか何となくそういう気持ちになれなかった。
ましてやこんな綺麗な字できちんと書かれた言葉なのだから、ふざけてなんかないだろう。
これを書いたのは紛れもなく女子で、渡したとしたら受け取った男子は誰が座るか分からない席にその手紙を置きっぱなしにしたわけで、なぜかそれが気になった。
結局、授業中ずっとそのメモを手のひらで遊んでいた俺は、何となくそっとペンケースに入れて持って帰ってきてしまった。
その夜、家で風呂上がりにベッドに寝転がりながらゲームをしていると、スマホが短く振動しメッセージ受信のポップアップ表示が出たのでゲームを中断した。
見たらヤマシタからのメッセで、昼休みの中庭で女子とちょうど話している姿の画像がついていた。
メッセには『なんか他クラスの女子から送られてきたんだけど、このイケメンwwがこの子の告白断ったのか受けたのか気になるから教えろってきたんだけど』と迷惑そうに書かれていた。
俺は昼に答えた事をそのまま返信しようとして、ちょっと考える。
そして起き上がると鞄の中からペンケースを出した。
ジップをスライドさせるとさほど多くないペンに挟まれてメモが顔をのぞかせた。
手紙を開く。改めて見てもやはりすごく綺麗な字だった。
いつもならこんなの気にするどころか捨てるほうなのに、この綺麗な字を見たらクシャクシャにできなかった。かといってゴミ箱にも入れづらい。
まぁもらった主も置き忘れるくらいショックだったのかもしんねーけど。
これを書いた女子はどんな子だろう。
捨てるに捨てれないし、持ち主についても確かめようがない。
こんなただのメモなんか見たって何かが変わるわけでもないのに。
俺は手紙を再びペンケースにしまうと、指をスマホ画面にスライドさせた。
『ありがとう。だけど、本当にごめんね、とまさに言ってるシーン』と、メモと同じような言葉を書いたところで送信マークを押す。
ここで「気になってる子がいるから」となんか正直に答えたら更に面倒臭い事が待っていそうだからだ。
知らず知らずのうちに身についた女子のトラブル回避術。
手紙の言葉と俺の言ったセリフはほとんど同じなはずなのに、その奥にある中身はまったく別のような気がして、知らずにため息をもらした。
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