告白

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メモを手にしてからしばらくは、ヤマシタとノリヤスとふざけあいながらも、どの女子が書いたのか何となく気になってしまう日が続いた。 相変わらずペンケースにしまってあって、見つかったら厄介だから敢えて開く事はなかったけれど、ペンを取り出すたびにあの字が頭に浮かんでいた。 そもそもどうしてこんなに気になってんだ。 こんな小さな紙一枚に、と思うけれど捨てられないのだからしょうがない。 書いたであろう見ず知らずの女子のメモが、なんであんなところに畳んで忘れられたままなのかが、妙に引っかかっているなんて自分でもおかしい気がした。 だからといって本人を見つけるなんて無理な話だ。 地学室は全学年の生徒が使っているし、あの席に誰が座っているなんていちいち決まっていない。 だから持ち主探しなんか、どんなに考えたって無駄なことなのだ。 そんな、ある日の昼休み。 いつもと変わらずアプリゲームをやっていると、目の前で寛ぎながら同じくゲーム中のヤマシタが言った。 「最近噂になってるぞ」 「何が」 「王子が誰か捜してるって」 「誰が王子だよ」 「お前、それ女子の中でマジなあだ名だからな」 「で、なんでそんな根も葉もない噂になってるわけ?ソース元どこよ?」 するとヤマシタは、やっていたゲームを中断し、一瞬驚いた顔したかと思ったら、呆れたように笑った。 「お前気づいてないの?ソース元、思いっきりお前だし。俺ですらお前誰か捜してんのかなって思ってたんだけど」 「勘違いじゃねぇの」 「勘違いじゃねぇよ。なんか最近廊下歩いててもソワソワというか、誰か捜してるっぽいし」 「はぁ!!??」 俺が誰かを捜してる?誰を? ………………あ。 あ!!!!!!! 他人からの指摘にようやく合点が行き、途端に恥ずかしくなってくる。 「くそ……やっぱ捨てときゃよかった」 「何が?」 「なんでもねー。まぁ、ちょっと最近考え事しててだな。でももういいわ。ちょっと行ってくる」 「どこへ?」 「元に戻しにだよ!」 何を!?というヤマシタの言葉を聞く前に俺はペンケースをつかんでダッシュで地学室へと向かった。 やっぱ変な仏心だしてペンケースに入れなきゃよかった! こんなのがあるから気になってため息も出るわけで、だいたい書き主も受け取り主もわかんねーどうでもいい小さいメモでため息とかホント無駄だし。 移動教室の時だって、また何かメモがねーかなって考えたりとかバカバカしいし、それでゲーム時間も切り上げて教室も早く行きがちとか笑うっつーの! 顔の知らない奴が書いた、たかが小さなメモ1枚で本当に俺は何やってるんだ。 昼休みの地学室につくと、当然誰もいなかった。 特別教科棟は一般教室からは真反対の校舎だから、渡り廊下は使うし階段ものぼるから遠いし、おまけに走ってきて疲れるしほんとめんどくせーことこの上ない。 そう考えると段々イラついてきて、いつも使ってる席へ歩くとペンケースからメモを取り出し、最初のように机の中に入れようとした。 だが、しかし。 どういうわけか、そこにはまた同じメモ用紙があった。 それもあの時と同じように、ちいさく折り畳んである。 まるでデジャヴのような場面に、俺は一瞬パニックになる。 どこからどう見ても俺が手にしているメモと同じサイズだし、折り畳んだ裏から透ける表の色柄もたぶん同じものだと思った。 ワケが分からないと思いながらも、それに触れる。躊躇なくそのメモを開いたらやはり綺麗な字が目に飛び込んできた。 “ここで同じ紙のメモを見た方へ。あのメモをもし捨ててなかったら、ここに戻してください。” !!!??? 「はああああぁぁぁ!?だから何だってんだよこれ!」 いよいよワケの分からない内容に俺の疑問と苛立ちはピークに達し、思わず口にした。 すると、「ごっ、ごめんなさいぃ!!」と、怯えた高い声が前方から聞こえた。 俺は前を向くと、地学室のドアには一つ下の学年カラーのリボンをつけた、横っちょ結びをしてるメガネをかけた女子がいた。 女子はしどろもどろに「そ、そのメモ、わ、私です……あの、えーと……いや、間違いだったらすみません。いいんです」と、挙動不審もいいくらいに声を震わせた。 こちらに入ってくるのか後ずさりするのかどっちとも分からない足の動きだ。 いかにも、俺に殺されるんじゃないかってくらいビビっている。 俺はもうとにかくこのメモが何なのか気になって知りたくて、二つのメモを持ったまま彼女に近づいた。 すると彼女が「ひっ」と言って後ずさりする。おい、ふざけんなと思いながら俺はメモを突き出した。 「これ、書いたの君?」 小柄な1年生の彼女は無言でコクコクと頷いた。素朴で大人しそうな雰囲気の子だ。 あまりにも控えめな感じに正直すごくモテそうには思えなかったけれど、きっとこの子が告られる側だったんだから、なんかイイ子なのかもしれないと考える。 いや、そんなのはどうでもいい。 「この手紙、何なの!?訳わかんねーんだけど!」 「こ、これは、謝罪文で!!!」 「謝罪文!!??なんの!!??」 「と、ともだちとの仲直りです!!!!」 「……は?」 「だから、ともだちへ書いた仲直りの謝罪文です!」 何回も反芻して見たメモを思い返すのは容易かった。 「……これ、どっからどう読んでも、謝罪文とはちょっと違くね?」 「ハ、ハハ……ですよね~……」 「あと全然関係ねーけど、字、うますぎ」 「あ、ありがとうございます。書道ずっとやってるので……」 「それなのに、謝罪で何でこの内容なんだっつーの」 あまりにもどうでもいいのに、つい俺はいきさつを訊ねたら彼女は一瞬慌て口ごもったけど、睨む俺があんまりにも威圧的だったのか観念した。 そして少しだけ恥ずかしそうにしながら話し始めた。 「……どうでもいい事で私が拗ねて、友達に気まずい思いさせちゃったんですそれで、素直に謝れなくてメモに……書いたんですけど、そっちは失敗作で……。無意識に机の中に入れちゃってたみたいで、それに気付いて恥ずかしくなって取りに来たんですけど無かったから、2枚目のメモを残したんです。……だけど本当にまさか拾ってた人がいたなんて思わなくて……。あのっ、本当にまぎらしくてごめんなさい!!」 最後は勢いに任せるかのごとく、ぎゅっと目をつぶりながら俺に頭を深々と下げた。 いや、頭下げられても……。 …………っつーか、告白でもなんでもねーじゃん。 なんだ。てっきり……。 「まじかよ~~~~~~~!俺、超損した~~~~~~!!!」 頭の中でとんだ間抜けな勘違いだと気付いた瞬間、俺は情けなくも叫んでいた。 数日間のモヤモヤが解決したと同時、何だか体の力が抜けてしまったのか思わずしゃがみこむ。 なんだよ、告白とか完全にただの俺の妄想かよ。 彼女はオロオロして、なんか……スミマセン……とまた謝った。 泣きそうな声だな、と見上げると本当に彼女は泣きそうな顔をしていた。 それがあんまりにも情けない子犬のような雰囲気だったから、ちょっと微笑ましくなったほどに。 「おれ、てっきり告白されて断った文かと思ったわ……」 「ち、違いますよぉ!!私にそんなの起こるわけないですし!そもそも、友達に頼んでたものを忘れられてしまってそれで私がスネはじめたっていう超くだらない理由ですし!!結局友達が埋め合わせしてくれて、そのお礼というか私もスネた謝罪というか!」 彼女は真っ赤になりながら必死に否定した。 もうそこまで知ったら何を頼んでそんなに喧嘩したかも知りたくなってくる。 「その友達と仲直りはしたんかよ」 「はいっ。無事にできました!」 「……で、友達に何頼んだの」 「聞くんすかそこ!?」 「ここまで手紙に振り回されて色々話されたら気になるじゃねーかよ!」 「……マンガですっ……!地方でしか売ってない、レアな薄い本です……それ以上は~~……ご、ご勘弁を……!!」 もう彼女は動揺してかでトマトのように真っ赤だ。 明らかに俺にいじめられている彼女が何だか可哀想にもなってきたし、俺も何か疲れたし昼休み終わるし、この件はもう切り上げようと思った。 「とりあえずこの手紙、返すわ」 「ほんと申し訳ございません……」 そんなわけでやたらファンシーなメモ2枚は無事に元の持ち主へと返された。 二人して地学室を出て何となく一緒に歩きながら、結局自分の勘違いでもあったとはいえ勢いで責めるように問いただしてしまったと思い、改めて彼女に謝ることにした。 「なんか俺こそ申し訳なかったわ。勝手に早とちりして。事情も勝手に訊いたりしてごめんな」 「いえいえ!……あの文面、今考えてみても完全に告られて振るようなセリフっぽかったですし……まぁそんなこと無縁ですけど」 「無縁じゃねーだろ」 「いや、先輩イケメンだからそんなこと言えるんですよ」 さっきまでは俺に困って真っ赤な顔でしどろもどろだった彼女もどうやら落ち着いたようだ。 というか、話してみるとちょっとこの子面白いじゃんと思い始めてきた。 そもそも地方にしか売ってないマンガってなんだよ。思い出して思わずふきだしてしまう。 「マンガが原因とかってほんと……うける」 「や、オタクなだけです……」 「オタクって、え、ゲームとかすんの?」 「しますよ。ブルーラグーンレジェンドのRPGも好きですし、無双系と最近出たジントリにもハマってます」 その言葉に俺は体中のアンテナが反応したかのように驚く。 「マジ!?俺もジントリ超好きなんだけど!周りやってる奴意外といなくね!?え、今ステージどこ?」 「……見ます?」 「つか、名前……聞いていい?」 そう訊くと、彼女は一瞬何を言われたか分からないようにポカンとした。おいおい、驚き過ぎだっつの。 そして何故か今度は顔をほんのり赤くしながら、はにかむように名前を口にした。 彼女の名前は赤い顔とは正反対の名前すぎて、俺はその場でからかわずにはいられなく、すると彼女が再び顔を真っ赤にさせて憤慨するものだからますます笑った。 人の大事な告白を断るメモかと思いきや、まったく関係のなかったオチにがっかりしながらも、ルリと俺は何だかんだで仲良くなった。 そして恋愛で近づいてくる女子以外に、初めてちゃんと女友達(ただのゲーム仲間)ができた。 もちろんそれからはいつも通りの毎日。 ただ変わったことが一つある。放課後とか時間があるときに、ノリとヤマシタと俺とルリとでゲームしたり遊ぶことが増えた。 少なくとも昼休みはゲーム時間優先にしたので実に気楽だ。 ルリは俺に懐きつつも「イケメンすぎて正視できないので対面で対戦やめてください。」と正直に言ってくれる。 俺は逆にそれが面白くって、つい悪ふざけでルリの顔を覗き込むんだけど、あんまりにもふざけすぎるとチョップをかましてくるのでますます面白い。 そこまでイジってくる女子は今までいなかったし、口ではイケメンだとか言っても「かっこいいから」とかって俺の事を勝手に決めつけたりしないで気楽に話せることが何より嬉しかった。 おまけにゲームはルリのほうがめちゃくちゃ上手いし強いし、ゲームジャンルの趣味も合うしで一緒にいてすごく楽しい。 けれど最近はそんなルリが何だか無性に可愛いと思えている自分がいる。 ルリが面白くて、いちいち可愛いからもっと色んな彼女が見たくなる。困らせてみたくなるし、笑わせたくなる。 顔赤くして「見んな!」ってやられるリアクションがたまんなく可愛いとか、なんだ、これ。こんな気持ちはじめてだ。 と、後日ヤマシタに言えば「俺に告ってどーすんだ」って笑われることになるとはまだ知らない俺なのだった。 ( イケメンはドタバタが意外にお好き。 )
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