切望

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切望

「……顔が良くて、悪いかよ」 地学室の馬鹿みたいなメモの一件から、まさかこんなカッコいい人が私の恋人になるなんて思いもしなかったのです。 【 切 望  】 高校に入り、ある出会いによって私の周りは一変した。 イケメンのヒロム先輩。 落ち着いたヤマシタ先輩。 やんちゃなノリヤス先輩。 そんでもってオタクな後輩の私。 上記の3人の先輩は、クラスでは紛れもなく1軍と呼ばれるタイプの人間だと思う。 先輩がいるだけなら何の違和感もないのに、何の関係もなさそうな私が一緒にいるもんだから一体何の集まりだろうと思われる事が多い。 もちろん学校内でも放課後の校外でも4人が集まっているとものすごく訝しがられる。 それもそうだ。 当然この3人組は校内でも、よく目立つくらいに女子に人気がある。 とくにヒロム先輩は我が校の「王子」というあだ名がリアルについているほどに、かっこいい人なのだ。 肌はきめ細かくて、まつ毛が長いくっきり二重。 すっと通った鼻筋に控えめな小鼻で、唇は厚くもなく薄くもなくちょうど良いバランスで、少女漫画の相手役のように整った顔立ちだ。 背だってそこそこあるから、もはやアイドルになれそうなくらい。 そんな華やかな王子が混じる先輩たちに、どうしてスクールカーストで言えば底辺ポジの地味なオタクである私がまじっているのかというと、4人の共通の趣味がスマホのゲームアプリなのだ。 そうなるまで実に私は校内において先輩たちと接点がなかったのだから、出会いはまさに運命のいたずらなんじゃないだろうか。 きっかけは私が地学室に置き忘れたメモを、ヒロム先輩が偶然手にしたことだった。 まぁ、そのメモとは友達への“わび状”だったのだけれど……。 どうしてわび状を書いたのかというと、私は友達のエミちゃんにおつかいをお願いしていた。 おつかいと言っても私は所詮隠しきれないオタクなので、彼女が地方の同人誌即売会に行くついでに欲しい作家さんの新刊の購入をお願いしたのだ。 しかし私がお願いしたお使いだけすっかり忘れられてしまい、当然落胆した私は恥ずかしい話すっかり拗ねてしまった。 そんなしょうもない私にエミちゃんは呆れるどころか、お詫びのお菓子までくれて謝ってくれたので、私も申し訳なくなってしまい謝る事にした。 けれど散々拗ねた手前、そのまま言葉にする素直さはその時の私にはなくて、結局お気に入りのメモに気持ちを預ける事にした。 退屈な地学の授業中こっそりと書きながら、なんかこれは違うなぁ……と思っては書き直し、2枚目に上手くかけたほうを渡すことにした。 折り畳んだ1枚目の手紙の存在を無意識に机の中に入れたことに気付かないままに。 そうしてその後、エミちゃんに無事に渡しながら素直に謝れた時、気がついた。 あれ?私、最初の失敗したメモ、どうしたっけ? ペンケースに入れたかな?そんなわけない。 そういえば……。 ようやく気付いた私は地学室へ行くも、当然手紙なんかすっかりなくて蒼ざめた。 大した言葉は書いていないけれど、自分の書いた言葉が他人の目に触れたらと思うとやっぱり恥ずかしかったから。 手紙はきっと捨てられたに違いないと諦めながらも、もしかしたらどこぞの誰かが面白半分に持ってるかも!とあり得ない事を想像し、同じメモ帳に再びメッセージを書いてみた。 『同じ紙のメモをもし捨ててなかったら戻してください。』といった内容で。 それを書いてからしばらく経った頃のお昼休みに、本当にあり得ない奇跡が起こっていた。 何となしに地学室に行ってみるとそこには……我が校の王子がいたのだ。 その人物こそ、ヒロム先輩だった。 ヒロム先輩は入学して既にうちの学年でも話題になっていたイケメンの先輩だった。 だから地学室で私のメモを手にしていた時は目を疑った。 だって学校中で「王子」ってリアルなあだ名がついてるイケメンがいて、おまけに私に話しかけてきたのだから。 それも、私のとんでもない手紙に振り回されてしまっていたらしいというオチまでついて。 そこからどうしてヒロム先輩と仲良くなったのか……そう。それがスマホのゲームなのだ。 私は普段から男子と喋るような学校生活を送ってなかったので、突然現れたイケメンに(しかも初対面で超怒らせてたっぽいし)何て会話すればいいか分からなかった。 先輩はゲームなんかしなさそう(どちらかというとオシャレして街へ繰り出し女子と毎回デートしてそう)なイメージだったので、オタクの私以上に夢中になってやりこんで、おまけに負けず嫌いなのだから……ちょっと引いた。 うそ、嘘です。 イケメンは何やってもイケメンなんだなって、毎日思ってる。 そう、今この瞬間でさえも。 「ルリー!お前エゲツないやり方すんなよ!!俺勝てねーじゃん!!」 「ゲームと言えども戦ですからね。下剋上、させていただきます」 「お前らほんとよくやるよなぁ…って、ルリちゃん!やめて!見逃して!!」 「問答無用です」 「ちょwwwwヤマシタざまぁwwwww」 「ルリちゃん、ヒロムむかつくからやっちゃって」 「てめ!」 「ヤマシタ先輩からオッケーでましたので、ヒロム先輩を私の配下にさせていただきます」 「だからゲスいやり方すんなって!!あ――――っ!!ばかっ!ばかっ!!」 今夢中になってやってるのは、自分で軍を作り上げて陣地合戦を繰り広げるゲームで、そりゃまぁ先輩の弱いこと弱いこと。 か弱過ぎて涙が出てきちゃうくらいです。 そう、ゲームに夢中になってる時はいいの。 ゲームが終わってふと気がつくと……ヒロム先輩は何故か私の正面に座ることが多い。 それが一番の悩み。 だってこの人、自覚あるのかないのか分かりませんが、何回も言う通りイケメンなんだもん。 顔面偏差値が高すぎて、私のほうはイケメンに対しての免疫がないほどの人生を歩んできたわけで……正直ドキドキして胸が痛いのだ。 「ヒロム先輩」 「どした?」 「イケメンすぎてやりづらいから正面で対戦ムリっす。移動してください」 「だから何だよそれー」 「先輩は自分の顔見慣れてるからいいかもですけど、私、顔カッコいい人苦手なんすよ」 「ほんとルリうけるんだけど。な、ヤマシタ」 「まぁ、もう2ヶ月くらい経つから慣れてもいいとは思うけど」 「ヒロム、無駄に顔面偏差値高いからな。ただのゲーオタになりつつあるけど」 「ノリ、その顔面偏差値が無駄に高いってのやめれ」 「ヒロム先輩、顔面偏差値欲しくても叶わなかった女子の前で言わないでください」 「やべー、俺もルリちゃんに同意だわ」 「俺も」 「お前らな!しょうがねぇだろ!生まれたときからこの顔なんだから!」 「まーお前の母ちゃんマジで美人だしな。ヤマシタ、熟女好みじゃなかったっけ」 「ヒロムの母ちゃんならアリだな」 「まじそれきもいから!俺泣くからそれ!」 こんな先輩たちの軽口はまさにリアルコントで、一緒にいてとても楽しい。 放課後時間があるときは駅ビルの休憩所やファーストフード店や、今日のようにフードコートとかでゲームの会をするようになった。 出会ってから2ヶ月のうちにちょくちょく顔を合わせるようになって、王子様みたいな見た目の先輩のイメージがちょっと……だいぶ変わったのも面白かった。 ヒロム先輩は見た目こそアイドルみたいなのに、喋ると小ざっぱりしててちょっと口が悪い。 周りのイメージほど性格は全然王子様なんかじゃない。 だけどぶっきらぼうながらも意外と気遣い屋さんなのか、私がいつも退屈しないように話しかけてくれたり、飲み物とか買ってくれてたりする。それと学校の要注意の先生のこととかも教えてくれたり。 趣味が合うとこんなにも気軽に喋れるものなんだなと自分でもびっくりしたのが現実。 見れば見るほどカッコイイし、知れば知るほど面白くて良い人だし、すごく優しい先輩だと思う。 だからこそ当然、魅力にあてられないわけがない。 ヒロム先輩は今は彼女がいないみたいだけど告白されてるのとか耳に入ってくるし、いずれこの先輩が誰かに恋をしてく様子を目の当たりにしていくことになるんだなって、ある時ふと考えたら……。 ものすごく嫌だなって気持ちに気付いてしまった。 それと同時に、自分は身の程知らずな恋をしているんだなってことも。 私なんてクラスで地味だし、そんな自分が先輩と一緒にいることで、派手な女の子たちに陰で何て言われてるかもちゃんと知ってる。 校内で美人だったり可愛かったりする同級生や先輩がヒロム先輩に気軽に声をかけているのを見て、どうやったらああいう風になれるんだろうと思って終わってしまう。 むしろ私があんなメイクや髪型にしたところで似合ってないに決まってるし。 眉毛ですらどうやって手入れしたらいいのかハサミを入れられないでいる芋女子だってことも自覚してる。 シンデレラストーリーなんてあるわけない。だって、小学生の時に痛感したから。 私は二次元好きが高じて面食いすぎるのかもしれない。 小学生の時も、顔のカッコいい男の子を好きになった。 その子と隣の席や同じ係に偶然なって、ドキドキして、初恋だった。 すごく優しくしてくれて、冗談も言い合える仲になれてちょっと浮かれてしまった。 ……今考えたら手に取るように分かる。 初恋にものすごーく私は舞い上がってたってことに。 その後はよくある話で、カッコいい子はクラスで一番可愛い子が本当は好きで……一番のトップシークレットを彼自身の口から係で居残りしてた時に相談された。かないっこない絶望にぽかんとした顔で見つめると、彼に照れながらこう言われた 『あぁ、ごめん。ルリ話しやすいから。これ内緒な』 ……けちょんけちょんに馬鹿にされたわけじゃないのが救いだけど、つまり私はそういうポジションなのだ。 そのことを思い出した途端、どこかいたたまれない気持ちになってくる。 ゲームを進める指がいつの間にか止まっていたらしく、気がつけばあっという間に先輩たちに逆転され打ち負かされていた。 * * * * * * 「あの、ちょっとお手洗い行ってきます」 私はそう告げると、「すぐ巻き返されたと持ったら戦線離脱か!」「勝ち逃げ禁止だかんな!」と吠える先輩たちを残してそそくさと化粧室に向かった。 ホントはトイレなんて行きたいわけじゃない。 沈んだ気持ちのまま化粧室の鏡の自分と目が合う。 私ってほんとパッとしないなぁ……ってゆーか、普通だなぁ……。 むしろこんな酷い顔で先輩たちとゲームしてたのかもしれないと思ったら、そっちのほうが恥ずかしい。 っていうか普通の人が暗くなってたらますます暗いじゃん! だめだ。こんな顔でまた先輩たちの前にいるわけにはいかない。これ以上、情けなさに埋もれたくない。 私は、気持ちをリセットすべく蛇口を捻った。 お手洗いから出ると、隣にゲーセンコーナーがあった。 すぐそばのUFOキャッチャーが目に入り、思わず駆け寄ってしまう。好きなオンラインゲームの推しキャラプリントのスマホケースがあるじゃん! 位置を見ると……イケる!私はカバンから財布を出そうとした。その時。 「それ、取ったげよっか?俺、上手いよ」 横からした声に振り向くと……まったく知らない人がいた。 グレーのくしゃくしゃになってるモッズコートに、年齢は20代?大学生?フリーター?何かニコニコして、人当たり良さそう。 けれど知らない人だったし、そもそもこのオンラインゲームは女子に人気のあるやつだ。 いくらなんでもそれを男性が、わざわざ知り合いでもない女の子に取ってあげようか?なんておかしな話だ。 私はカバンから出しかけてた財布をしまって言った。 「いえ……大丈夫です。よく見たら欲しいやつじゃないですし」 「え、じゃあどれが好きなの?欲しいのあったら俺が代わりにとってあげようか?」 「だから、大丈夫です。すみません、人といるので」 「じゃ、抜けてこっそり俺とデートしてくれない?」 やだ、何この人コワイきもい。 人の話聞いてんの!?って頭では突っ込む癖に……怖くて声が出なくて、足もガタガタすくんでしまって動けなくなってしまった。 どうしよう、どう逃げようとばかり考える。 私が声を出せないで固まっていると、男の人はそれを良しとしたのか私の肩にそっと腕をまわした。係員の人に怪しまれないように、カップルみたいに。 肩に腕が回された瞬間、あまりの恐怖に全身に雷が落ちたみたいだった。 こんな怖いこと初めてで、怖くて息ができないくらいに声も出ないし、足動かないしどうしよう! 初めての事にパニックで、小刻みに震える冷たくなった手に気持ち悪い汗がにじんだ。 「ね?どれが欲しい?」 「どれが欲しいじゃねーよてめぇ!」 「!!!」 「いてぇ!!!」 急に腕の感覚がなくなったと思ったら、男の後ろに物凄く怒った顔のヒロム先輩がいて、男の腕を掴んで後ろに捻じり上げていた。 「ヤマシタ、警備員か係の人呼んで」 「分かった。ノリはオッサン見とけよ」 「おっしゃ!逃がさねーかんなオッサン!」 「ルリ、大丈夫か?」 次に来たのはヒロム先輩を追いかけてきたヤマシタ先輩とノリヤス先輩だった。 男はヒロム先輩と交代したノリ先輩が確保して、私はヒロム先輩に肩を抱かれて男の傍から離された。 ろくに動けない私を無理やり引きずるようにして移動したから、先輩は私の肩をしっかりつかんでいた。 肩を掴まれるなんて男と同じ行為だったはずなのに、先輩ってだけでどうしてこんなに安心感が違うんだろうと思った。 「こわ……かった……ぁ」 息がホントに止まってたのか、言葉と一緒に息を吐き出す。 すると体の力が抜けそうで、そんな私に気付いたのかヒロム先輩は抱きしめた。 思わず先輩のあったかさと優しさに泣きそうになってしまったところで、スタッフや警備員が駆け寄ってきて事態は終息した。 男は先輩たちの連携プレーによりお巡りさんへ突き出す事ができた。 そして私たちはお巡りさんに事件の調書と、ゲーセンとかで寄り道せずに帰ること!と反論の余地もないお説教をありがたく頂いて解散となった。 警備員さんに見送られながら裏口から出ると、先輩たちは私に向かって「本当にごめん!」と揃って頭を下げた。 「大丈夫ですって!先輩たちがいたから私は無事でしたし!」 「全然大丈夫じゃない状況だったじゃん!本当に女の子なのに怖い思いさせてごめん!」 「頭上げてくださいって!」 私が強く言うと、とくにノリヤス先輩は泣きそうな子犬みたいな顔だったもんだから思わず笑ってしまった。 「なんで俺の顔見て笑うん!?」 「ご、ごめんなさい!そういうつもりじゃなくて……でも本当に先輩たち、ヒーローみたいでしたよ。私のほうこそ助けてくれてありがとうございました」 そう言うと先輩たちはやっとホッとした表情を見せた。 先輩たちは本当に頼れるヒーローみたいだった。 お巡りさんに色々と状況を聞かれた時も、突然の事でうまく喋れない私の代わりに先輩たちが事情を説明してくれた。 ヒロム先輩はずっと手を繋いでくれていた。 私の手がまだ少し震えている事に気付いてくれていたからだ。 「ルリ、もう大丈夫だからな。ほんとに俺らが悪かった。一人にさせてごめん」 「大丈夫ですって。本当にありがとうございました」 にこりとヒロム先輩に微笑み返す。 けれど、怖い思いがほんの少し残る頭の隅で、私は恩知らずな事を思っていた。 ……優しくしてくれる先輩に、私なんかがもう甘えないようにしなきゃ。 それは心の警告音みたいだった。 男に掴まれてからろくにしゃべる元気がなくなってしまった私を、ヒロム先輩が送ってくれることになった。 「反対方向なのに、すみません」 「いや、ルリを遅くまで付き合わせてた俺らが悪い」 「6時前だったし、そんなに遅くまでじゃないですよ」 「いや、だってお前女の子じゃん。あの時間にゲーセン近くに一人でいさせたの失敗したわ」 「いや、そしたら連れションになっちゃいますから」 「お前色気ねーな」 “お前女の子じゃん。”  “お前色気ねーな。” そうだよ。女の子だけど、女の子に思われないようにしてるもん。色気については欲しいくらい。 だけど地味で華がない私が色めなんか使ったって滑稽なだけだ。 せっかくイケメンな先輩たちに助けてもらってお姫様みたいな体験したばっかなのに、私の心はどうしてこんなに身の程知らずなんだろう。思わず口元が泣きそうに歪みかける。 「今度お前がトイレ行く時はもれなく連れションするわ」 「先輩こそ、かっこいいのにそれ言ったら台無しですよ」 「いーんだよ。なにせムダに顔面偏差値高いですから」 「わたしっ……」 あれ、私、何言おうとしてんだろう。 自分で言いかけて、ビックリしてる。幸いなことに、もう家の近くだった。 「ルリ?」 「わたし、家近くなので、もう大丈夫です。本当にありがとうございました。すみません。先輩、駅戻るよりそこの道を出た大通りにバス出てますから、多分そっちのが家の方向に近いと思います」 「あ、ああ。さんきゅ」 女の子扱い、せっかくしてくれたのに……。 仕方ないとは言え、咄嗟に抱きしめてくれたあったかさを思い出す。そして、すぐに消した。 だってこの状況は、あまりにも身の程知らずだし、このまま傍にいたところでハッピーエンドなんて用意されてるわけがないことを考えると自分がますますみじめに思えたから。 「先輩」 「どした?まだ怖いか?」 優しいなぁ。これから、決定的な事言う私に対してこんなにも優しいだなんて。 私は気持を断ち切るかのようにして告げた。 「私、先輩といるの、辛いです。……やっぱり、イケメンが近くにいると落ち着かないみたいです」 「……お前、何言ってんの?」 なんか、一緒にいるのおかしいと思ってた。今日のでますますそう思った。 だって、ほんとにこのままいたら、ものすごく好きになっちゃうの分かってるから。 ハプニングとはいえ抱きしめてもらって、もうこれ以上心を動かしたくない。 キラキラしている人とか関わりのない、ただの地味な立場でいるほうがずっと楽。 それに……私は隣にいてどう見ても不釣り合いだ。 「……顔が良くて、悪いかよ」 「え?」 先輩が呟いたので見たら……ものすごく傷ついた顔をしていた。 悲しいじゃなくて、寂しいじゃなくて、怒ってるでもなくて。見たことがないような顔。 私はそれを見て……先輩の気持を考えたことなんて一度もなかったことに気がついた。 けれど、先輩はパッと表情変えた。見間違ったかな?って感じてしまったくらいに、今度は優しい笑顔で、こう言ったのだ。 「フツーにしゃべれるくらい、元気戻ってよかったわ。……ルリ、今日ほんとごめんな」 ……その日から私は、先輩たちと遊ばなくなった。 そしてその夜、私は初めて自分の眉毛をちゃんとカットした。 スマホでかたちとか調べて、前が結構ハッキリした形の眉毛だったから田舎くさい感じがしたけど、ちゃんと整えた自分の顔がいくらかマシに思えた。 ……やだ、良く見たら口元産毛がある。オッサンじゃんこれじゃ。 エミちゃんの幼馴染であるクラスメイトのユキナちゃんにも簡単な顔の作り方と、メガネをやめてコンタクトのやり方を教えてもらった。 (エミちゃんには口添え料として、好きなキャラのスマホケースをUFOキャッチャーで献上した。ちなみにひと悶着起きたあの商品である。) 先輩たちと話していたおかげで、クラスの男子とも少しだけ会話できるようになった。 それを見た同級生が、ますます陰で何か言ってたみたいだけど気にしないようにした。 ただの地味な立場でいたほうが楽って思ったのは確かだ。 だけど、やっぱりそれをあんまり言い訳にしたくなかった。 もう先輩に近づく事なんかなくても、もうちょっと自分を変えたい。 ちゃんと女の子として、変わりたいって気持ちが芽生え始めた。 何にもしない癖に引け目を感じるなんて、自分が嫌だと思ったから。 今まであまり気にかけなかった見た目とか話し方とかを見直して、先輩に会うのを止めたからこそ、とにかく自分の事を磨こうと思った。
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