13 旧勢力の追求

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13 旧勢力の追求

「どうなっている!」  息子である新国王がイライラしながら神官長に詰め寄る。 「街での噂、あれはなんだ!」 「なんだとは?」 「知らないのか、私が父上を亡き者にした、そういう噂を!」 「え?」  神官長が目を見開いて驚きの声を上げる。 「知らないのか」 「はい」  国王がふうっと息を吐いて椅子に座り込む。 「前国王派で引きこもっていた貴族の代表たちが王宮に来たのだ」 「その噂を耳にしてですか?」 「そうだ。この噂は本当か、違うのなら前国王に会わせろと言ってきた」 「それは大変なことですな」  ほおっと驚くような顔をしていながら、いたって冷静な神官長に新国王がますますイラつく。 「一体どのような噂を流したのだ! 何をどうすればそんな話になる!」  新国王はこの八年、ありとあらゆる努力をして今の自分を、誇れる自分を手に入れた。元々それだけの素養があった上に、重ねた努力が実を結んだと言っていいだろう。  ただ、そうしてがんばったとしても、民たちにはその事実を知られることはほとんどない。王族とは、王宮という遠い世界に住む人たちなのだ。  そんな皇太子に、 「それだけのお方のことを民たちが知らぬとは、ただただもったいないこと。知らせることこそ民の幸せでもありましょう」  と、民たちが喜ぶような「いかに皇太子が立派な方であるか」の噂を流させ、王都や周辺の町や村に出て民たちと交流を持つように助言をしたのは神官長である。始めのうちはそのような手段を取るのを渋っていた皇太子であったが、その後、民たちの自分を見る目が尊敬と親しみを込めたものに変わっていくのを見て、これがいかに効果的かを身をもって知っていた。 「いえ、私はただ、前国王陛下が王宮から姿を消された、そのことを流すようにと言ったのですが」 「それがそのようになっておるのだ」 「存じませんでした」  神官長は申し訳無さそうに平伏して頭を下げる。 「まだ父上は見つからぬ」 「宮も封鎖して捜索をしているようですが、こちらに来られた形跡はありません」 「どこに行った、誰が協力している」 「それが一向に手がかりが見つかりません。一体どこの何者がそのようなことをしたものか」  神官長は自分こそがその(くだん)の前国王を連れ出し、(かくま)っている者でありながら、知らぬ顔でそう答える。 「あの元王宮侍女の関係はお調べになられたのですか?」 「それはもちろん調べさせた。だが、親族とも付き合いを断っていたようで何も手がかりがない」 「さようですか……」  あの元侍女の気持ちを知り、「その日」のために生きろと力と資金を貸して、他の者たちとのつながりを断つことに力を貸したのも神官長だ。つながりなど辿(たど)れるはずもなかろう、と神官長は困った顔の下で考えていた。 「その前王様に会わせろと申してこられた貴族の方たち、本当は行方を知っていながら、その上でそのようにおっしゃっておられるのでは」 「私もその可能性もあるとは思った。だが、あの様子では本当に知らないように思える。本気で父上の心配をしているような、そんな感じだ」 「芝居をなさっているのでは」 「そんな器用なことができる者たちではあるまい」    新国王は旧勢力の貴族たちを鼻で笑う。 (その慢心が危険であるとは、優れたお方だけに微塵(みじん)もお思いにもなられないのだろう)  そう思いながら神官長は口では、 「さようでございますな」  と、新国王に同意して見せた。 「では、仲間内でも違う勢力の方の仕業でしょうか」 「いや、それも考えにくい」  新国王が額にしわを寄せて言う。 「私が知る限りの勢力の者がわざわざ揃って訪ねてきたのだ。そして共に同じことを問うてきた。どこも父上の行方を本当に知らないようだ」 「さようでございますか」    神官長はう~んと首をひねって見せる。 「本当にどこかでお亡くなりになっていらっしゃる、などということは」 「どこでどうなっておると言うのだ」  神官長の言葉に新国王が不愉快そうに言う。 「猫の子ですらどこぞで息絶えておるとそのうち誰ぞが気がつくというものだ」 「それは確かに」  なんとも不毛な会話を続けている。 「次代様はいつ頃ご誕生になられる」 「それはもう間近とのことでございます」 「その日が近いということは、交代の日も近づいているということだ。その日までになんとか話を落ち着かせぬことには……」 「いえ、それ以前の問題かと」 「なんだと」 「もしもこの噂がマユリアのお耳に入りましたら、おそらく陛下の元に来るという話はなくなりましょう」  神官長の言葉に新国王の顔が朱に染まる。 「実の父を手にかけるような方の元には行けぬ、そうおっしゃるか──」 「やっておらぬ!」  新国王がダン! と音を立てて右足を踏み立て立ち上がる。 「いくらあのように堕落した年寄りと言っても実の父親だ! そのようなことをするはずがなかろう!」 「いえ、もちろん分かっております」  神官長が新国王を落ち着かせるように静かに声をかける。 「もちろん分かっておりますとも」  もう一度、今度は子どもに言い聞かせるようにそう言い、たしなめるように押さえるような仕草でもう新国王を落ち着かせながら、 「何か手を打たねばなりません、そうなる前に」  神官長は笑顔でそう言った。
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