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17 最後のシャンタル
「まさか忘れた、などとはおっしゃいますまいな?」
神官長が余裕のある笑みを浮かべてキリエに尋ねるがキリエは答えない。
「おそらく、私とあなた、そして古くからのシャンタル付きのネイとタリア、そしてすでにこの世にはないある人だけが知るであろう秘密のことです」
キリエは無言を続ける。
「最後のシャンタルの話です」
神官長がそんな言葉をキリエに突きつけるがキリエは反応しない。
「私はてっきり当代が最後のシャンタルになられるのであろうとこの八年の間思っておりました。ところが、思いもかけぬことにもうお一人、次代様がお生まれになられると託宣があり、実際にもう一度親御様の存在が確認できました。いや、驚きました」
神官長はキリエをじっと見ながら、少し愉快そうにも見える目をしてゆるく左右に首を振った。
「思い出せないとおっしゃるのなら、こう言えば思い出していただけますかな」
神官長は挑発的な目でキリエをみつめながら続ける。
「私は、当代マユリアのご誕生の時に、親御様にそれを告げに行った神官です。当時はまだ神官長ではありませんでしたが、勅使として前衛士長ヴァクト殿と共に使者に立ちました。そしてその八年後に神官長になり、現在までその地位におります。あなたは当代マユリアがご誕生の時にはすでに侍女頭でいらした、そして今日までその地位におられる。これで思い出されましたかな」
キリエには神官長が何を言いたいのか痛いほど分かっている。だがそれに答えることはできない。秘密はどこまでも秘密でなければいけないのだ。
「一体何をおっしゃりたくて何をお聞きになりたいのでしょう」
キリエが無表情のままそう答えた。
「まずは何が聞きたいのかですが、それはもちろん、この先、あなたがどうなさりたいか、です。この国が、いえ、この世界がどうなるか、この先のことを考えて恐ろしいとは思われないのですか?」
キリエは答えず、正面から神官長の目を見返している。だがその目からも何を考えているかを読み取ることはできなかった。
「では何を言いたいかですが、あなたは卑怯だ。あなたは今の状況を知りながら何もしようとしてはおられない。おそらくこの先十年はまだ安泰だ、そう思うから、その頃にはもしかしたらもう自分はこの世の者ではないから、そうではなくても一線を退き静かに暮らすのみだから、そう思って何もなさらないのでしょう。卑怯極まりない」
キリエは相変わらず動じず、答えずの姿勢だ。
「そうして何も答えず何もなさる気もないのならば、せめて私たちの邪魔をするのはやめていただきたい。すぐにセルマを解放し、そしてセルマを次の侍女頭に指名して北の離宮へ入っていただきたい」
「あなたは先程秘密を知る者としてあなたと私、ネイとタリア、そして今はもうこの世にないある方を上げましたが、それ以外にセルマも知っているようなおっしゃり方です」
キリエが感情を交えぬ口調で神官長に言った。
「ええ、私が話しました」
「そうですか」
「お分かりでしょう、セルマはそのために必要でした。セルマなら私の手足となってこの世界のために動いてくれます。お分かりならすぐにセルマにその座を譲って引いていただきたい」
「お断りいたします」
キリエは表情を変えぬままきっぱりとそう言った。
「そうまでしてその座にしがみつき、その手にした権力を手放したくないのですか!」
とうとう神官長が声を荒げる。
「マユリアの命です」
キリエはそうとだけ告げる。
「なんでも命令だと言えばそれで済むとお思いか。あなたには自分の考えというものがないのですか!」
神官長が吐き捨てるようにそう言った。
「私はシャンタルとマユリアのためだけに存在しております。主からの命が何よりも重要、それを守るために、そのためにだけ生きてこの場に存在しているのです」
キリエがきっぱりとそう言い切る。
「もしもシャンタルが、マユリアが、あなたに死ねと命じたらそれを守るのですか!」
「もちろんです」
嘘ではあるまいと神官長は思った。
確かにこの老女にはその覚悟がある。だからこそ誰に何を言われようとされようとこの老女は何も感じないのだ。誠に忠義という鋼鉄で鎧った心の持ち主なのだと神官長は痛感した。
もしも世界が滅ぶとしても、それに殉じろと命ぜられればこの老女は一言も発さぬまま世界と運命を共にする覚悟があるのだ。だからこそ何があろうとも動じないのだ、そう理解した。
「分かりました」
一旦神官長が引く姿勢を見せる。
「では、そのマユリアからセルマを侍女頭に指名するようにとの命があれば指名されるのですな?」
「いいえ」
きっぱりとキリエが否定する。
「マユリアの命には従います。ですが、侍女頭の指名はその中において唯一、侍女頭の気持ちのみで決定ができること。マユリアもそれをご存知、決してそのような命は下りません。また、仮に命があったとしてもそれにだけは従うわけにはまいりません」
「なんでも従うと言いながらその言葉、なんとも身勝手な言い分もあったものですな」
神官長が悔しそうにそう言うがキリエの表情は揺るがない。
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