20 積み重なる問題

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20 積み重なる問題

「私のこの推測、間違っておりますでしょうか?」    無言のままのキリエに神官長がにこやかにもう一度尋ねた。 「さあ、どうでしょう」  キリエはどうしようもない子どもを見るような目を一度神官長に向けると、ふうっと軽く一度息を吐き、 「あなたがなぜそのようなことを思いついたのかは分かりません。ですが、あまりに奇想天外、あまり外でそのようなことをおっしゃらない方がご自身のためではないかと思います」    と答えた。  神官長はその答えを聞いて一度は驚いた顔をしたものの、すぐににこやかな笑顔に戻って、 「ほほう、あなたも私がおかしくて一度侍医に診てもらう必要がある、そうおっしゃりたいようですな」  と、言った。 「では、すでにどなたかにそのように言われたのですね」 「ええ、ルギ隊長に」 「ルギ隊長に?」  キリエはルギとの会話の中にそのような話題があったかどうかを思い出す。 『キリエ様を勇退させ、セルマ様を侍女頭につけよ。セルマ様は冤罪であったことにしろと』  ルギからはそんな話を聞いた。 『香炉のことはあくまでセルマ様の仕業(しわざ)。ですがそれは、この宮のこと、この国のこと、この世界のことを思うゆえであり、キリエ様の不調はあくまでエリス様ご一行の仕業である。セルマ様はそれに乗っただけだ、と』  そうも言っていた。 『神殿から指名をする、と。その、キリエ様は年齢のために判断力が衰えてあのような者たちを宮へと引き入れた、そのような者に侍女頭を任せてはおけないから、と』  そんな言葉も思い出す。  他には何を言っていたか。ルギが珍しく話しにくそうにしてはいたが、それはどれもキリエを侍女頭の座から降ろし、セルマをその地位につけよという話だからだと思っていた。だがどれも、神官長に対して一度侍医に診てもらえと言うほどのことではない。 「そうですか、ルギ隊長も私と同じ判断をなさったということですね」  気になる。ルギがなぜ神官長にそのようなことを言ったのかがとても気になる。心の中がざわつく。それはただ事ではない、そう思うがあえてそれを出すことはすまい。 「ええ」 「それはこのようなことをおっしゃったなら、どなたも同じ反応をなさるでしょうね」 「さようですか」  神官長は驚いたように目を丸く見開き、 「私がこの話をルギ隊長にもした、そうお思いなのですね」  と、聞いてきた。    なんだろう、何か含むところがありそうな。キリエはそう思い何も答えずにいることにした。 「私がこの話をしたのは、キリエ殿、あなたが初めてです」  何を言い出すのか分からないのでまだキリエは答えずにいる。 「ルギ隊長に話したのはまた別の話なのですが、そうですか、それはお伝えになられていない、そうですか」  そう言って神官長は楽しそうに笑って、 「いやいや、これは思わぬ長居をしてしまいましたな、話も終わりましたのでそろそろ失礼いたします」  そう言って椅子から立ち上がると扉の方に向かって歩き出しながら、 「おっと、忘れてしまうところでした、バンハ公爵のご子息とそのお連れの方々、前の宮でよろしいのでよろしくお願いいたします」  と、続けた。そもそもはこちらの用でキリエを訪ねてきたのだ。 「分かりました」 「では」  神官長が侍女頭の執務室から出ていく後ろ姿を見送ると、初めてキリエは不愉快そうな顔になった。  キリエは鈴を鳴らして当番の侍女を呼び、お茶の道具を下げさせ、客室係の侍女を呼ぶようにと言いつけた。入れ替わりに客室係の侍女が来ると、バンハ公爵の子爵とその連れがしばらく滞在することを伝え、すぐに用意をさせる。今は神殿で待機させている、準備ができたら神殿にお迎えに行くようにとそこまでの指示を終え、しばらく休むので誰も来ないようにと言って人払いをした。  キリエは執務室のソファに身を深く沈めると、やっと疲れを顔に出すことができた。  いくつもの問題が一気に落ちてきたようで、キリエはひとまず考えをまとめようと、神官長が部屋を訪ねてきた時からのことを順番に思い出していた。  まずはバンハ公爵のご子息たちの受け入れ要求だ。これはまだいい。面倒とはいいながらも宮の業務が一つ増えるだけだからだ。侍女や下働きの者たちに仕事が増えるのは申し訳ないとは思うが、これも役目の内、仕方がないことだ。 「次に言っていたのは……」    キリエは目を閉じ、両手で両目を覆って思い出す。  そうだ、宮の客人の話からエリス様ご一行が今も宮にいること、ミーヤが元の業務に戻ったことなどから神官長にセルマを解放するようにと求められたのだった。 「そうだった。そして次は……」  その先は口には出さない。誰が聞いているというわけではないが、やはり口に出して言うべきことではない。ただ心の中でつぶやき整理する。  神官長がセルマはラーラ様に陥れられた、ラーラ様こそが宮での権力を握ろうとしてやったことだと言っていたのだった。それは一番あり得ないことだ。だが、もしも自分が一線を退き、マユリアが人に戻ったとしたら、矛先がラーラ様に向くであろうことは予測できた。 「何があってもそれだけは防がなければ」  そうつぶやくと、キリエはまた次のことに考えを移す。
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