1.結婚

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1.結婚

 社会人になって五年目の冬、結婚が決まった。相手の裕司(ゆうじ)は小学校の同級生。とはいってもずっと交流があったわけではなく前の年の夏に行われた小学校の同窓会で再会した。私も彼もたまたま就職先が隣県でお互いひとり暮らしだったこともあり何度か食事をするうち交際へと発展。ちょうど付き合いが始まってから一年後、プロポーズ……らしきものをされた。 「俺、春から異動になるみたいなんだよ。どうも地元に戻ることになりそうなんだけど、結婚して一緒に地元に戻らない? 美奈(みな)の会社はあっちにも支店あるだろ?」  確かに私の勤める会社は全国に支店があり結婚を機に異動する女性も多い。その話は裕司にもしてあった。問題はそこじゃない。居酒屋でいきなりする話か? と半ば呆れつつ「え? ああ、うん」と返事する。地元に異動願いを出すことはできるよ、という意味だったのだが彼はプロポーズの返事だと勘違いしたらしく「じゃあ親に挨拶しとかないとな」とひとり合点がいったように頷いている。彼には少し独りよがりなところがあって、あまり他人の話を聞かない。普段は優しくていい人なのだがそういうところに少し引っかかりを覚えつつも惰性で付き合いを続けてきた。でも結婚ということになると本当にこの男性(ひと)で大丈夫だろうかという不安が頭を(よぎ)る。とはいえこれを逃したら一生独身かもしれない。二十七歳という自分の年齢からして出産や育児のことを考えるとそろそろ結婚を決めておきたい。私は裕司の勘違いをそのままにして結婚の話を進めることにした。  翌週末、彼の部屋で式場のカタログを見ていると突然彼が家を建てると言い出した。 「家? 何でまた急に?」  駅近くのマンションでも借りようかと考えていた私は驚いた。いつかは持ち家を、という夢はあったけどこのタイミング? と訝しむ。私や裕司の年収でいきなり住宅ローンを組むのはきつい。いや実はさ、と彼は言う。 「ああ、そういうことなの」  よくよく聞けば彼の両親が援助してくれるという話だった。いい土地があるから家を建てないかと言われているらしい。あまり義両親に借りを作るのも気が進まないがとりあえずどんな場所なのよ、と聞いてみる。 「場所? ああ、俺の実家からもお前の実家からも近いとこだぞ。ほれ、ここ」  彼はそう言って地図を表示させたスマホの画面をこちらに向けた。それを見て私はあっと声を上げる。 「何だよ、ビックリするじゃん」  眉間に皺を寄せる裕司を他所に私は突然蘇った記憶の(とりこ)になっていた。
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