5.終の棲家

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5.終の棲家

「すみません、高木です。うちの親から話がいってると思うんだけど」  昔ながらの古い不動産屋の扉を開くと中からもわっと暖かい空気が溢れてきた。 「ああ、いらっしゃい。聞いてますよ。隣の土地ですよね」  不動産屋の主人は恰幅のいい老人でにこにこしながら私たちを出迎えた。 「まぁせっかくなんで実際に土地を見ながら話しましょうか。ちょっと寒いですが。あ、私は鈴木と言います」  名刺を裕司に渡し頭を下げる。 「ああ、どうも」  裕司は片手でぞんざいに名刺を受け取りポケットにしまった。表に出ると裕司と鈴木さんはどんな家を建てるかという話で二人盛り上がる。 「いやぁ、ここが終の棲家になるかもしれないんですから。ゆっくり考えてくださいよ」 「ですねぇ。こいつは赤い屋根がいいなんて言うんですけどね。俺はやっぱり青い屋根がよくって」 「ああ、なるほど。まぁよく話し合ってください。ずいぶん高い買い物になるんですからねぇ。ではこの土地の件、前向きにご検討いただけるということでよろしいですかな?」  私の方を振り向きもせず「ああ、もちろんです。いいよな?」と裕司は言う。私の意見など(はな)から聞く気なんてないんだ。きっと建てる家だって彼の思う通りのものになってしまうのだろう。彼の理想とする青い屋根の家に。これが私の人生を決める最後の機会になるのかもしれない。人生最後の選択、そんな言葉が脳裡に浮かぶ。その時、私はふとあのお婆さんが住んでいた青い屋根の家を思い出した。裕司が建てたいのはきっとあんな家だろうとなぜか確信する。私はふと思いつき裕司の言葉を無視して鈴木さんに尋ねた。
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