その25 ご褒美(最終話)

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その25 ご褒美(最終話)

 私がタクシードライバーとしてハンドルを握ったのが令和二年の十一月。つまり、もう三年経ちました。  早いなあ。  あの頃はコロナ真っ只中。街のネオンが消えベテランドライバーがどんどん辞めていく中「こんなんでいいのかな?」と疑問を感じていたものですが、それと比べると今はまるで別世界です。  今の札幌市内、特に中心部は行き交う人でごった返し、たくさんの大型バスが出たり入ったりして好景気さながらです。もちろんタクシーの利用客も倍増しています。  ありがたい事です。  そして最近の大きな流れとして目立つのは、新人のタクシードライバーが増えている事です。景気のいい所に人が集まるのは自然の道理だからでしょうか。  私の会社にもぞくぞくと新人が入って来ているし、実際に走っているタクシーの台数が増えている事も肌で感じます。確かにタクシーに不慣れな運転をちらほら見かけます。空車の動かし方を見ればそれはすぐに分かります。「自分も少しは成長しているのかな」なんて感じる瞬間ですが、私が無事にここまで続けて来られたのは先輩達が暖かく見守ってくれたからで、ですから自分も彼らを暖かく見守って行きたいと思います。  そんな中、先日こんな事がありました。  深夜のすすきので二人の若い女性が乗って来ました。  行き先を伺いしばらく走っている時、私はついくしゃみをしてしまいました。もちろんマスクを着けていたので問題はありませんが。  すると二人のお客様はケタケタと笑い出しました。  どうしたのかな?  と思っていると、 「運転手さん、以前乗せてもらった事ありますよね」  と言ってきました。私は素直に答えました。 「すいません。ちょっと憶えていないのですが」 「まあ、去年の話だからね」 「そんな前でしたか」 「うん。そのくしゃみで思い出した」  お客様が言うには、私のくしゃみは特徴的らしく『へっくしょん』を棒読みした様な感じなのだそうです。それが面白くて笑っていたそうです。そう言えば他の人にもその様な事を言われた事があります。  お客様は続けました。 「旭山経由で宮の森まで送ってもらったけど、その時家族できのこ狩りをしたって話をしてましたよ」  思い出しました。 「ああ、旭山公園のイベントに参加した事があるって話ですね。思い出しました」  深夜のお客様にしては珍しく話をしやすいお客様でしたので、私も覚えていたのです。  それから、近況なんかを話しながら道中楽しく走る事ができました。  続けているとこんな事もあるんだな、と何だか嬉しくなりました。 2023.11.17
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