告白 

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告白 

私は初対面の人であっても老若男女問わずに話しかけることができる。道に迷っていそうな人がいれば駆け寄って声を声をかけるのを躊躇なくなく行動に移せる。母がそういう人だったからかな、そういう環境は大きいと思う。 私がアルバイトを始めて最初に出会った先輩は20歳年上の男性だった。何処から見ても人のいいオジサンで、彼にしてみれば私は娘のような存在だったと思う。 実際の彼には遠くに住んでる妻子持ちの息子が一人いて、自身は一人暮らしで奥さんとは遠い昔に別れたとのことだった。 遠い昔というのは彼の言葉で、それ以上は話したくなさそうだったので、その辺りを心得ている私は苦笑いで頷いてその場をやり過ごした。 私の教育係となった彼は私とペアを組んで本来一人でこなす仕事を二人でこなし、結構筋がいいと私を褒めてくれるのでリラックスして仕事が出来て、パートがあるのは週に三日だけど前の日から楽しみでしょうがなかった。 バイトを始めて1ヶ月ほどすると朝の挨拶も自然と「「おはようございます」から「おはよう」となっていった。私は年上の人にでも仲良くなると徐々ににタメ口に移行するのが得意だった。だけど浅田さんは仲よくなっても20歳も下の私にも丁寧に「おはようございます」と挨拶をしてくれた。 それからさらに1ヶ月ほどすると、職場の人とはかなり仲良くなって、みんな私を「マイちゃん」と呼んでくれるようになっていた。浅田さん以外は。 そう、浅田さんだけは私を相変わらず最初からずっと同じの「高橋さん」だった。 私が髪を切った時も、浅田さんの視線は確かに私の頭に向かっていたけど、そこには触れずに「おはようございます」としか言わなかった。 女性たちは「切った?若くなったね」と女子特有の当たり障りのない褒め言葉をくれて、男性はちょっと苦手な粘着質の吉本さんだけが「前も美人だったけど、もっと美人になったね」と私としてはNGワードをねちっと差し出してきた。昆虫顔だし。 浅田さんと吉本さんは歳はほとんど変わらないけど、古株の吉本さんが浅田さんの上司だった。 吉本さんの嫌さが浅田さんの良さを際立たせて、私は浅田さんを好きになったのかな。いや違う、私は最初から浅田さんが好きで、吉本さんの存在が私の好きを大好きに押し上げてくれたんだ。吉本さんってカマキリ顔だし。 私は昔からそうだったけど、誰にでも気軽に話せる分、人を好きとか嫌いとかは絶対に表に出さない人間だった。だから好きなった人には悟られることなく友達以上にはならず誰かに奪われ、嫌いな人には執拗に付きまとわれた。 そして厄介なことに、私がまだ好きになっていないのに私のことを好きだという人には無意識に後ずさりしてしまう人間だった。 友達のミカ曰く「怖ろしく勘のいいオクテ男子とマイを私がくっつける以外にマイの恋愛も結婚も有り得ない」だった。私も確かにそう思うけど、ミカは2年前に結婚して500キロも離れた場所に住んでいる。子育てで忙しいらしいし。 でも浅田さんは私が感情を表に出さないのに、吉本さんを嫌ってることを「分かる」と言ってくれたことがあった。 その言葉で私はお姫様抱っこされてるような気分になったけど、まさかそんな妄想を浅田さんが気付く訳はない。頭の中をパカンと割って見てくれたらいいのに。 でも浅田さんの手刀は優しいからいつまでたっても私の頭は割れないだろうな。 「ゴメンね〜マイ。ソウタの夜泣きが酷くて頭が動いてないの。近くにいたら絶対にくっつけるのにな〜。500キロは遠いよ。でも背中は押せるよ、好きだと言いなよ明日」 「えっ、明日?」 「そう明日。明後日になったら色々考えて言えなくなるからね」 「え〜っ、それは無理よ」 「とにかく、どうなりたいとかは無視して好きって言うの。それだけよ。またソウタが泣き始めちゃった。マイ、明日絶対に言って。じゃあね。明日報告待ってるよ」 そんなの無理だって。 私の人生にそんな告白シーンはなかったし。想像も出来ない。 ミカからLINEが来た。 「想像したらダメよ」 凄い。私のことを分かってるんだ。そんなミカを信じよう。 次の日、10時の休憩で隣に座った。 正面だと言えない事でも隣り合わせだと言えると何かで読んだことがある。こんなタイミングでLINEが来た。「どうだった?」ミカからだ。もう言うしかない。 「私、浅田さんが好きなんです」 「えっ?それで俺にどうしろと?」 「それとなく伝えて欲しいんです」 吉本は目を見開いて驚いたが、頼られて嬉しかったのだろう。 「よし、まかせとけ」 その表情は相変わらず嫌味だったけど、マイにとっては天使、いやこんな天使はいない。妖精、もっといない。カマキリ、頼もしいカマキリに見えていた。 それとなく伝えてと言っていたのに、吉本は遅れて休憩に来た浅田に、 「あのさあ、マイちゃんが浅田さんのことを好きなんだって」 そう言って立ち上がって浅田の肩をポンと叩いて休憩室を出て行った。 (あのカマキリ野郎!)マイはその後ろ姿を睨みつけた。 (睨んだ顔も可愛いな)浅田はそれを口に出そうかどうか迷いながらマイの隣に座って、やっぱりやめておこうと決めた。だけどマイより先に何かを言わなくてはならないことは分かっていた。マイからは好意を感じてはいたが、それは仕事上の薄い好意だと思っている。 そして浅田のマイに対する感情は「無」だった。 長い沈黙が続いた。休憩時間がもうすく終わる。あと2分という所で浅田は、すぅっと息を吸ってから 「僕は・・・・高橋さんはいい人だと思ってます」 マイはずっこけそうになった。 「あははっ、私は浅田さんを大好きですけどね」 わざとちょっとムッとした表情で言って、浅田の顔を覗き込んだ。 「それは、人間としてかな」 「違います!男性としてです!」 マイは自分でも驚くほど積極的に強気になっていた。 『いつか女心が分かる人になって下さい』 冷蔵庫に貼られたメモに気付いたのは妻が出て行った次の日の朝だった。それは浅田にとって恋愛感情への封印となった。あれから20年、冷蔵庫は二度買い替えたがその度にそのメモを貼り付けていた。実際、何度か味わった淡い恋心も、そのメモを見ると、はらはらと散ったのだった。 「僕は・・・・女心が分からない男なんです」 「どうして分からないって分かるの?」 「別れた妻がね、そんなメモを冷蔵庫に貼って出て行ったんですよ。それを見るたびに自分の中の男の部分が薄くなっていって、今朝もね」 「ちょっと、そのメモまだ持ってるの?信じられない!」 マイの中て何が弾けていた。怒りなのか使命なのかは分からないけど、なんとかしなくてはならないと思ったのだった。 「私がそのメモ、破って捨ててあげる!」 「えっ?」 「私が今日、破ってあげる」 「えっ、今日?」 「そう、今日。明日になったら色々考えて破れなくなってしまうから」 「え〜っ、それは・・・」 「無理なんかじゃないわ。私、浅田さんの家に行く!」 「綺麗な字ね。すごく丁寧に書いてる。奥さんはきっと浅田さんがこのメモを捨てられないと分かっていて書いたのよ。そして浅田さんの心を分かってくれる人に破って欲しいと思ったんだと思う」 「僕の心を?」 「うん、奥さんも浅田さんの心を分からなかったのよ。奥さんのその告白を私が今、浅田さんに伝えたわ。さあ、浅田さんはなんて答える?」 「・・・・お互いがお互いを分かろうとしても分からなかったのなら・・・・」 「しょうがない」 「しょうがない」 二人の声がぴったり重なった。 「私ならきっと分かると思う。今はまだ少しかもしれないけど明日にはもっと分かるようになるよ」 「僕は今日じゅうに分かる努力をするようにする、つもり」 「あーっ、それズルい〜」 ミカからの催促のLINEスタンプがずっと止まなかった。
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