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入学式は、高等部の敷地内にある体育館で行われた。15クラス500名の新入生とその保護者が用意されたパイプ椅子に座り、そこに教職員や来賓も加わると、体育館は簡単に満杯になる。体育館の壁面には紅白幕が飾られ、ステージには花と校旗が上下に安置されている、典型的な入学式だった。
つつがなく式は終了し、各教室に新入生は改めて戻っていく。
「はい、皆さん。入学式お疲れ様でした」
夕の教室、1年4組の担任である大杉正義は満面の笑みで新入生を労った。
大杉の容姿は、クラス担任と言う贔屓目を差し引いても決して悪くなかった。むしろ「イケメン」と呼ぶにふさわしいものだった。170〜175センチ程度の身長で足は長く、年齢は30代半ば。体の線も太くはないが、かといって華奢ではない。鼻筋は整い、目つきも温厚そうだが、タレ目ではないのでそこまで優しすぎな印象も感じさせない。かと言って吊り目ではないので、生徒に恐怖心を与えるような鋭い眼光のようなものはなかった。顔にはニキビや黒子のようなものがひとつもなく、清潔感が漂う。すでに何人かの女生徒は胸をときめかしているようだった。
「何人かは中等部でも見た事のある人が多いけど、高等部で初めて入った人を基準で話をするからね。皆さんそのつもりで」
大杉はそう言いながら板書を進めていく。
「この日野出学園は、古くは江東区のあたりに戦前に作られた学園です。名前にあるように『日、出る国』の未来を背負う人材を育成するために作られました。戦後になってもその理念は変わらず、埋立地に移設されてもなお、政財界、学会、芸能界など様々な分野で卒業生は活躍しています。もっとも、私みたいに教師止まりな人間もいるんですけどね」
クラス内はどっと湧いた。
「教師になんてなるつもりはなかったんだが、そんな人間ほど、いつの間にか教壇に立ってしまうものなんですね。皆さん気をつけましょう」
大杉の自虐とも取れる話の後は、各々の自己紹介に移った。
「木下隼人です。こんな成りですが、れっきとした男です」
木下と言うその生徒は、背中を覆い尽くすような茶色のロングヘアの先をつまみ上げながらカミングアウトした。
夕は目を丸くした。髪型や女生用の制服のせいもあったが、幼さの残る童顔にクリっとした瞳は可愛らしさの集合体というべきで、身長も160センチほどで華奢な体躯をしていたものだから、女子だとしか思っていなかった。
髪の艶は素晴らしく、LEDの光を反射して眩しいとすら思えてしまう。スカートから出ている両の脚はスラリと伸びてすね毛ひとつなく、美脚と言う言葉がふさわしいものだった。
これで男だと言われた日には、明日からこのクラスの女子生徒は全員スラックスを履いてこなければならないだろう。
胸の膨らみは、おそらくパッドであろうか。
「この学園は指定の制服はあるが、基本服装は自由です。男子が女子の制服を着ようが、女子が男子の制服を着ようが全く問題ない。木下くんは中等部時代にもたまに女装しては多くの男女を泣かせてきたもんだ」
大杉の発言に、夕はさらに驚いた。中学と言う時期は非常に多感なもので、男装や女装というのは即いじめに発展するようなものである。そんな中で女装をしていたというのは、いじめがなかったか、もしくは完璧な着こなしで周囲の雑音をかき消していったのかどちらかである。
「一応恋愛対象は女性です。でも……似合っちゃうじゃないですか。だから気分が乗った日は女装してます」
木下の発言は、事実だから嫌味にすら感じない。
「木下くんが女性だと思ってて告白した男子もいたんだよね」
大杉は、木下に対してかなり手こずったのか、過去の激戦を語る老兵のように遠い目をしてしゃべっていた。
「ええ。でもね、男だとわかってて告白してくれた奴もいましたよ。丁重に断りましたけど」
「とまあ、このクラスには魔性の男がいるから、皆さん誘惑されないように」
大杉は話がこれ以上広がるのを恐れてか、すぐに先を進めた。森本夕も自己紹介をしたが、木下のあとだとインパクトが小さすぎるから非常にやりにくい。
「あの…」
自己紹介を終えたあと、夕はこっそり前の席に座る木下に尋ねた。
「その髪は、地毛?」
あわよくばどんなメーカーのシャンプーなどを使っているのか聞いてみたいと思ったのだが、その期待は見事に崩れ去った。
「ごめん、これかつらなんだ」
つづく
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