突入せよ!美術準備室事件②

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大杉教諭が顧問を務める歴史研究同好会は、文化部の部室が多い北校舎1階の一番端にあった。日当たりの悪い場所で、廊下の蛍光灯があっても天井が高く薄暗い。夜に一人で歩くのだけは避けたい場所だった。 「失礼します」  森本夕は“歴史研究同好会“と毛筆で書かれた貼り紙のある教室のドアをノックして入室した。 大杉教諭はパイプを咥えながら戦艦大和のプラモ作りに熱中している最中だった。 パイプからは煙が立ち上っておらず、おそらくただ咥えているだけのように思われた。 「安心して。先生は吸っていないから」  夕が大杉に怪訝そうな顔を向けていると思ったのか、学園2年生の東雲菜乃葉が駆け寄って耳打ちした。 「あ、いえ、そんな」  夕は東雲に頭を下げた。ふと室内を見ると、木下を含め3名の会員が本を読んだり資料作成のような作業を行なっていた。木下は正式な男子制服に身を包んでおり、カツラも外していた。艶やかな黒髪で、前髪は長めだった。たまに前髪をかき上げる仕草が妙に色っぽく、女性や衆道の気のある者は勿論、ストレートの男性をも魅了しそうであった。 「大杉先生も、昔は憚ることなくこの部室で吸っていたみたいなんだけど、流石に時代が許さなくなってきちゃったみたいで。僕からすれば大助かりなんだけど」  木下は夕と東雲の会話が聞こえたのか、割って入ってきた。  夕としても、禁煙は助かる。だが、もっと突っ込みたい点があった。  何故教師が部室で戦艦大和を作っているのか?と言うことである。歴史研究同好会ということで、先の大戦で沈んだ大和の模型を製作しているというのだろうか。 「あの戦艦は同好会の展示物ですか?」 「ああ、あれは先生の私物。家では作る時間が取れないからこっちでやってるんだって。もう半年はあんな調子」  とんでもない不良教師じゃないか。夕は突っ込みが出そうになるのをグッと堪えた。  部室の周りを見渡すと、映画やミリタリー関連のポスター、戦艦や戦車のフィギュア、モデルガン、模造刀、様々な木刀、新撰組の羽織などが目に入る。歴史研究同好会と言うよりは、どちらかというと歴史マニアの部屋である。ヘルメットを被り、角材を持ったマネキンまで置いてある。地味な色のトレーナーとジーンズを見ても、動きやすそうではある。ヘルメットの表面には「全共闘」と書かれており、ひょっとして、昔の学生運動の服装の再現なのかな、と思った。首にはゴーグルがかかっており、タオルで鼻と口を覆っている。これらは同好会のものなのか、それとも大杉の私物なのか、聞くのは憚られた。  危険な匂いが漂っている。もしかしたらとんでもない左翼教師で、過激派と繋がっているんじゃないかとあらぬ想像を働かせてしまう。人気のない場所に部室を構えているのも、非合法活動をバレにくくするためではないのだろうか……。歴史ある学園だからこそ、その伝統が脈々と受け継がれていたとしたら。夕は自分の心臓の鼓動が早まるのを強く感じる。心音がこの場の人間にバレやしないかとあらぬ心配をするくらいだった。 「同好会でも部室はあるんですね」  怖がっているのを悟られないように、あたり障りのない話をして誤魔化そうとした。 「そうよ。予算は少ないけど。それに、元々はここは物置同然の空き教室だったみたい。北校舎一階で日当たりが最悪だし、窓の外には池があるけれど、夏にはボウフラが孵化して蚊が多いし、誰も使いたくなかったみたい。でも先生は、案外広くて換気扇も付いていたから迷わずここに決めたらしいわ」 「なんで換気扇がついているのがいいんですか?」  爆薬作りに適しているのだろうか。 「タバコを吸う時に換気扇をつけるためよ」  テロリズムが理由ではなかったのは安心した。しかし、どこまでも欲望に忠実な教師である。 「東雲くん、今は外の池のボウフラもだいぶ減ったよ。生物部に頼んで金魚や小鮒を住まわせてもらってるからね」  大杉はパイプを咥えてプラモの部品に接着剤をつけながら話に割って入ってきた。 「金魚や小鮒がボウフラよけになるんですか?」 「そうだよ。あの子らボウフラを食べてくれるからね」  大杉は目頭を押さえて休憩に入った。 「森本くん、入会希望かな」 「あ、いえ」 「そうか。まあウチは同好会だから、活動日時は特に決めてないよ。兼部もOKだし、棚にある映画のBDは見放題だ。気になったらいつでも入会していいよ」 「あ、はい。……実は、日直の日誌をお渡ししにきました」  大杉は夕のもつ日誌を見るや否や、パイプを置いて夕に駆け寄った。 「日直は松下くんだったろ。なぜ君が持ってきたんだ。パシリにされたのか?」  いじめと誤解している。夕は慌てて首を横に振った。苺大福と引き換えに持ってきたから、むしろありがたいと言ったら、大杉教諭は安心したように席に戻っていった。 「しかし、苺大福ねえ。そこまでしてライブに行きたかったのか」 「らしいです。有名なんですか?」 「堺彩香?まあそうだね。控えめに言ってスターだね。レコード会社の方も目をつけているし、youtubeの方も快調だし。調子に乗ってスキャンダルさえ起こさなけりゃ、順風満帆なアーティスト人生を歩めそうだ。私もキツく言ってはいるが…」 「先生!」  大杉の話を遮って、夕の真後ろの扉が勢いよく開かれた。 「キャッ!!」
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