突入せよ!美術準備室事件③

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「これが最初です。それ以降、どうせ信じてもらえないと思ったAは教職員はもちろん、部員にもこの事を言えなかったようです。しかし、他の部員も呻き声を聞いたと言うので、自分の体験は幻や白昼夢の類ではなかったと確信しました。  部長にだけ話すと、部長は事態を重く見て一人準備室に行ったようです。そうしたら、数分後に顔面蒼白で出てきて、しばらくは物もまともに喋れない状態だったとか」  藤野の話を聞いていて、森本夕の手のひらは冷汗で物も掴めなくなっていた。  大杉はしばし資料に目を落としつつ、 「なぜ藤野くんがこの情報を知ったんだい?美術部員から聞いたのか?」 「ニュースソースは言えません」 「生意気言ってんじゃねえ!!」  大杉教諭は、今までの温厚な姿からは想像もできないような怒鳴り声で藤野を恫喝した。資料を藤野に投げつけ、首根っこを掴む。 「マスコミの真似事してる場合じゃねえぞ。この学園で学生が被害に遭い、部活動に支障が出てる。立派な事件だ。一刻も早く解決しなけりゃいけないことくらいてめえにはわかんねえのか!」 「せ、先生」  東雲が大杉の腕を掴むがびくともしなかった。 「え、Aですよ。A!」 「つまり誰だ」 「美術部の、2年生相川です」  大杉教諭はようやく藤野を解放する。藤野は思い切り咳き込み、うずくまってしまう。大杉はしゃがんで、咳き込む藤野の背中をさすってやった。 「悪かった」  自覚があるようだが、なかなかの問題行為である。 「なぜ教職員ではなく新聞部に言ったんだ…そこまで信用がないのか俺たちは」 「というか、信じてもらえないと思ったんですよ。その点、新聞部ならオカルト記事も載せますし?そこそこ情報通ですから何か知ってるかもしれないと思ったんだそうです」  ちょっと水くれ、と藤野は木下に頼む。部室内の冷蔵庫からミネラルウォーターが差し出され、大杉に「いただきますよ」と一言断りを入れて口にした。  大杉は、おもむろにデスクのPCを開いて何かの調べ物を始めた。夕が見てみると、そこにあるのは3月以降学園に出入りした学外の人間のリストだった。出入りの写真業者や給食業者など、多岐にわたるがそこまで多くは無い。 その後にYouTubeやニコニコ動画で何かを検索した様だが、目当てのものが無かったのかそっとPCを閉じる。 「…今、美術準備室はどうなっている?」 「立ち入りをやめているみたいです。新学期になったばかりで、活動も多くなかったのが幸いですが、すぐに体育祭の紅組白組の巨大垂れ幕、文化祭の作品制作などが始まります」 「よし、行こう」  どよめきが部室に沸き起こる。いきなり何を言い出すのだこの教師は。 「美術部員がこのまま活動を行えないのは学園の大きな損失だ。それに、私がこの事を知っていたのに放置していたと上に知られでもしたらどうなるか。私は出世できなくなる。それはなんとしても避けなければ!」  そっちかい。と夕は突っ込みそうになったが、他の会員は「やれやれ」と言った表情で大杉の話を聞く。 「木刀を用意しろ。そこにある全共闘のセットも持ってこい。ヘルメットを着用!顎紐はきちんと結べ!」  大杉は言いながら、職員用の防災ヘルメットを着用した。ネクタイを外し、スーツをハンガーに掛けていく。  東雲は本棚の一番下の段を開け、箱をいくつも取り出した。 「ヘルメット。被ってね」 「ええっ!?」  夕は面食らった。会員でもない自分がなぜ行かねばならないのか。 「だって、聞いてたでしょ。美術部の子達を見捨てるの?」 「そ、それは…」 「それとも、幽霊が怖い?」  この場合どう答えるのが正解なんだろう。夕はこんな時に知恵袋を活用できないのが悲しかった。幽霊が怖いと言うと、「幽霊なんて信じてるの?」と言われるかもしれないし、怖くないと言うと「じゃあ共に参ろう」と言われてしまう。  なんと言うことだ。外堀が埋められてしまったではないか。  茫然自失な夕を見て察したのか、東雲は耳打ちした。 「へーきだって。大杉先生がなんの考えもなしに殴り込みなんてしない。いざとなったら、私が守ってあげるから。私、こう見えて剣道部と掛け持ちしてるの」  東雲は据わった目で夕に微笑み掛けた。微笑み掛けながら、先程取り出した箱の中から折り畳まれたヘルメットを取り出している。ポコポコと軽い音がしたと思ったら、頭部を覆い隠せるちゃんとしたヘルメットの形になっていった。 「はい。ちゃんと顎紐結んでね」 「は、はあ…」  夕は仕方なくメットを被り、なれない手つきで顎紐を引き上げた。 「夕君、木刀を持ったことはあるかな」  大杉がYシャツの袖を巻くり上げながら訊いてくる。 「あ、ありませんよ。バットすら、中学の体育の時に握った程度だし」 「よし…それじゃ、全共闘セットを使おうか」  大杉の発言に、一瞬夕の思考はストップした。 「全共闘セットぉ!?」  大杉は、先程夕が見た全共闘マネキンが持っている2m以上はあろうかと思われる角材と、軍手、全共闘の文字が書かれたヘルメットとタオルを手渡す。 「その折り畳みヘルメットは強度がやや落ちる。この全共闘メットを被ってゲバ棒を持ちなさい」  教師が言っていい台詞ではない。こればかりは夕も突っ込んでしまった。 「なんで私が!!」 「大丈夫、危ないとなったら突いたり、上から下に振り下ろして威嚇すればいいさ」 「幽霊相手にこんな材木が効くわけないじゃないですか!」 「竹槍でB29に挑むよりナンボかマシだろう」  ダメだ、この教師はマトモではない。こんな男が担任をやるような学園に進んで入学した夕は、高い学費を払ってくれている両親に土下座したくなった。今すぐ辞めてやりたい。 「大丈夫。戦うのは君だけじゃない。まあ、念の為私や東雲君達の半径3mから離れないようにね」  藤野を恫喝した時の表情から考えると別人のような優しい表情だった。思わずどきりとしそうになるが、幽霊の潜む教室へ生徒を扇動し、殴り込みに向かうというありえない状況がそのときめきを揉み消した。しかも学生運動の過激派の扮装までさせると言うのだから、この教師を信じ込んではダメだ。本能がそう警告してくる。 「軍手をしなさい」  夕はとりあえずポーズだけで参加すればいいかなとなかば諦めながら指示に従った。  渡された軍手は掌の面が全て緑色になっていて、よく見るとゴム張りだった。着用するとゴワゴワして非常にやりづらい。 「この軍手、変です」 「掌を完全にゴムで覆っているから、多少使いづらいかもしれないけど、我慢だぞ。このゴムが角材の棘から君の手を守ってくれる」  そう言うことか。と、納得し掛けた夕は頭を振る。そんなものを新入生に持たせるんじゃない。自分は表面ツルツルな、京都や浅草で売っていそうな木刀を持っているじゃないか。それこそ「ナンセンス」と言ってやりたくなる。  ヘルメットも被りなおした。「全共闘」の文字が嫌だったが、先程の折りたたみ式と比べ、安定感が段違いだった。タオルとゴーグルも渡されて、仕方なくタオルで口と鼻を覆った。ゴーグルは視界不良になりそうなので、着けずに首に掛けた。 「顎紐の間にタオルを通すと密着しやすいよ」  夕は言われた通り紐の間にタオルの端を通していき、うなじのあたりで両端を結んだ。 「よし、移動時は良いが、ゴーグルは突入するときには着けなさい」 「は、はあ…」  夕はふと部室の壁にある鏡に目をやった。そこにいたのは、過激派の紛争をしてはいるものの、革命の闘士と呼ぶには明らかに華奢すぎる少女だった。ゲバ棒を持つ腕がとにかく細い。頼り無さげな全共闘1年生、と言ったところか。 「よし、全員武装したな。敵は、美術準備室にあり!」  明智光秀の真似が出来てよほど嬉しかったのか、大杉の頬は上気していた。 「おおおおおー!」  他の学生達も鬨の声を上げる。夕はつられて「お。おお〜」と言ったが、他の学生の声に見事かき消された。  歴研の部室にいた会員全4名。それと新聞部員兼歴研会員の藤野、無関係の森本夕、顧問の大杉教諭を入れた7人の殴り込み部隊が階段を駆け上がっていった。 「斬り込みが1名、後続の本隊が3名、後詰に2名。どう少なく見積もっても、私を入れて7名は必要だ。揃ってるな」 「先生、本当に『七人の侍』好きですねえ」  夕はなぜ自分が連れてこられたのか、その理由の一つを悟った。何のことはない。人数合わせである。  と言うことは、私は後詰かな。と、この中で一番有利な武器を持っているくせに楽観的になっていた。 勿論、部屋の中で木刀以上の長モノを振り回せる訳がないと言う根拠も有るにはあったが、ほぼ彼女の希望的観測だった。
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