突入せよ!美術準備室事件④

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突入せよ!美術準備室事件④

 翌日。  森本夕は、再び歴史研究同好会の部室に赴いていた。昨日のように日直ではないし、そもそも入会していないのだから、決して歴研部室に足を運ぶ理由は無かったが、昨日の顛末は非常に気になったのである。  結局、あの日は不完全燃焼で終わった。発情期の猫は二匹。後で調べたらもう一匹出てきて、合計三匹の猫が美術準備室から発見された。  美術部長は一切言葉を発しておらず、おそらくこの部長が猫を隠し持っていたのであろうと、その場の誰もが想像した。  猫はとりあえず大杉が歴研部室で責任を持って保護すると言って、歴研会員チーム(夕も便宜上その中に含まれている)は退散となった。  その後どうなったのか。昼間に大杉に聞こうと思ったが、何故か憚られた。  大杉は、部室でこそ不良教師でしかなかったが、いざ教室で担任面をしたり、入学後のガイダンスで教壇に立つと、ごく普通の「先生」にしか見えなかった。  昨日の出来事は全て夢だったのでは? 何度かそう思う程だった。  しかし、流石に我慢ができず、「帰りの会」なるホームルームが終わった直後、夕は大杉の元へ駆け寄った。 「ここでは話せない。気になるなら4時頃部室へ来なさい」  大杉はニッコリと笑みを浮かべ、教員室へ歩いて行った。  森本夕はその後、自分の興味のある部活動をいくつか見学した後、言われた時間に部室へ向かった。 「失礼します」  夕が扉を開けると、いきなり足の間を猫がすり抜けていった。 「きゃっ!」 「ああー!逃げちゃった!捕まえろー!!」  部室から出てきたのは東雲だった。 「あ、昨日の新入生さん。ごめんねバタバタしちゃって。先生は中だから」 「は、はい」  東雲は逃げる猫を全力で追いかけていった。部屋の中を見ると、二匹の猫が机の上で丸くなっていた。木下と藤野もいる。大杉教諭は、戦艦大和のプラモの脇でお茶を飲んでいた。 「失礼します」  大杉は夕を見やると笑みを浮かべて立ち上がった。 「夕君、見てくれ。戦艦大和の200分の1モデルだ。遂に完成したんだよ。半年かかった。改めて見ても、このフネの美しさと言ったら無いね。こんな綺麗な艦をあのような無謀な作戦で沈めさせて、3千人以上の犠牲者を出すなんて、人間とはどこまでも愚かになれる生き物だと再認識させられるよね」 「は、はあ…」  夕は改めて、大杉のデスクに「鎮座」している戦艦大和の巨大なプラモデルを見やった。記念館あたりに展示されていても全く遜色ないクオリティである事は、素人の夕にもわかる。  しかし、今は大和を見にきたわけでは無い。 「先生!昨日の美術部の件はどうなったんですか?」  大杉は、大和の話題が遮られて少ししょんぼりした風にデスクから離れ、二匹の猫がいる部室中央の長机に向かった。 「この猫達は、捨て猫らしい」  夕も何となくは想像できていた。毛に汚れなどはないが、首輪もなく、痩せているようにも見えるので、おそらく家猫ではないのだろう。 「美術部の佐々木部長がね、春休みの部活の帰りに通学路で拾ったんだそうだ。雨にぬれて力なく鳴いてて、放って置けなくなったんだな。だが、彼女の家はペット、特に猫は禁止だった。母親がネコアレルギーだったらしいよ」 「それは、無理ですね」 「どうしようかと思いつつ、とりあえず庭先に置いておいて、その後美術準備室に一旦置くことにしたんだそうだ。バレるとまずいが、ここなら鍵は佐々木部長が持っているから、実は最も安全度が高い。でも生き物が相手だと、中々人間の都合良くいかないんだなこれが。発情期が来てしまったんだ。  幸いなのは、最初の目撃者が猫について良く知らなかったもんだから、発情期の猫の声が得体の知れないお化けか不審者のうめき声のように聞こえたことだ。このままお化け騒ぎが起きると、美術準備室に人が寄り付かなくなる。佐々木部長にとっては願っても無い事だった」 「でも、猫だけなんですか?青白い顔とかが浮かび上がっていたんですよね」  夕は藤野の報告を思い出していた。 「これの事か」  大杉は棚の中からお化け屋敷に置いてあるような生首を取り出した。黒の長髪で、おそらく女性であろうと思われる。正面の顔を見た夕は思わず息を呑んだ。額から血を流しており、般若のような形相では無いものの、深い恨みを胸の奥底に秘めているような表情をしている。眉の皺の寄せ方がうまく、眼力が非常に強く感じる。奈良の興福寺にある阿修羅像は美しさと力強さがあの僅かな眉の描写で演出されていたが、それに近いものを彷彿とさせる、恐ろしい首だった。 「佐々木部長は我が校の特待生で、彫刻もうまかった。今すぐ花やしきのお化け屋敷なんかで使えそうな生首だろ?これをわざと見せたりして、幽霊騒動をでっち上げたんだ」 「でも、部長自身も、美術準備室でお化けにあってますよね」 「顔が真っ青になってたらしいな。それは、特殊メイクだ」 「ええっ!」  夕は思わず叫んでしまった。いくら美術のセンスがすごくても、人を納得させるようなリアルな特殊メイクができるものだろうか。 「ウチの学校は部活のつながりが強い。美術部は演劇部や映画制作部と結構交流があってな、ポスター制作や小道具監修を引き受ける代わりに、部長もメイクの技術を映画部や演劇部から学んでいたらしい。その技術が、こんな形で活かされたってわけだね」  大杉は生首を棚の奥にしまい込んだ。夕は長机の横にあるソファにちょこんと座り、猫の方へ恐る恐る手をやる。 「そんな手つきだと猫も怖がっちゃうよ。ほら、こうすれば……結構人に慣れてるね」  木下が夕に猫の触れ合い方をレクチャーしてきた。すでにもう一匹を腕に抱いているのに、片方の腕でもう一匹の猫の頭を撫でている。うらやまけしからん男だった。 「猫は3匹のうち、1匹は木下君が引き取ることが決まっている。後1匹、学園内の映画館で看板猫をする話が出ている。館主さんの飼い猫が2年前に他界したから、ぜひ譲り受けたいと言っててね」  学園の中に映画館があるなんて、本当にすごい設備だなと夕は改めて思った。一般の映画館というよりは名画座に近いもので、過去の名作や、ロードショー期間が過ぎた映画、日野出学園の学生制作映画などをかけている。 「後1匹は」 「うん、実は希望者が殊の外多いようで…」 「え?そうなんですか!?」  てっきり見つからないと思っていたのに、意外である。 「あの、大杉先生。犯人が幽霊では無いと、最初から見当がついていたんですか?」  これはずっと気になっていた。昨日の討ち入りの際、東雲が言っていた言葉が妙に引っかかるのだ。  大杉は頭を掻きながら照れ臭そうに話し出す。 「まあね。幽霊など居る訳がない、と言ってしまえばそれまでだが、美術準備室にだけわざわざ幽霊が出るのはおかしいと思ったからですよ。地縛霊だとしても、今年の春からいきなり出てきたのはおかしい。移設されてから今まで寝てたのかって事になる。呪いの人形なんかが持ち込まれていたなら話は別だけど、もっと現実的観点から考えて行く方を私は選んだ訳です。 最初は第三者による美術部に対する妨害工作だと思っていたが、そんな事をして得する奴は居ないと思って除外した。というのも、我が日野出学園高等部の美術部と敵対してる勢力がそもそも本学に存在しないからだ。大学部なら同業他社のサークルや部活動があるけれど、高等部の部活・同好会には同業他社は居ない。無理矢理考えられるは他校の美術部だね。毎年コンクールでしのぎを削るから。だが、本校は図書館や映画館を含め、他校生や一般の方へのセキュリティが厳重だ。入れない訳では無いが、他校生が部室の鍵を教員室から預かって侵入するなど不可能なんだ。ただ、万が一の事を考えて、春以降学園に出入りした学外の人間の中に、美術部に用のある者が居たか記録を見てみたんだが、一切居なかった。 となると、愉快犯はどうか。例えば幽霊の声や顔を見て怖がる女子高生を隠し撮りして動画にアップするドッキリ企画なんかだな。でもそうした動画は軽く調べたが、春以降のやつも見当たらなかった。本学の制服も校舎も無い。 となると、部員の誰かに恨みを持った犯行か。しかしそれもおかしい。だったらそいつの作品を台無しにすれば良い。 となると、内部犯かもしれない。部員が準備室に何かを隠して、それを見られない為に幽霊話をでっち上げたんだとしたら。実際あの部屋は部活の時間以外は戸締まりがされていて、近くの人通りも極めて少ないから物を隠すにはうってつけだ。 ……そう思ってね。案外私の推理も馬鹿にならないだろ。まさか猫を隠していたとは思わなかったが」 そこへ、息を切らせた東雲が、猫を抱えて部室に戻ってきた。 「おう、東雲君、悪かった」 「本当ですよ!全く……あと、神主さんがいらっしゃいましたよ」  神主? 夕が頭にはてなマークを浮かべていると、装束に身を包んだ神主がぬっと戸を潜ってきた。 「これはこれは。本日はご足労頂き誠に有難うございます」 「いえいえ、お祓いは上ですか?」  神主の言葉に、夕はますます疑問を深めていった。お祓いも何も、“お化けの正体はこの教室に全部居る“ではないか。  夕の混乱している顔を見てか、藤野がそっと耳打ちした。 「これで八方丸く収めようとしているんだよ」  夕はそれでも何が何だか分からない。そうしているうちに、歴研会員達や大杉は美術準備室に向かっていった。夕も仕方なくついていく。
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