第1話 突入せよ!美術準備室事件①

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第1話 突入せよ!美術準備室事件①

1    私立日野出学園(わたくしりつひのいずるがくえん)は、都内の埋立地に作られた巨大な「学園都市」である。  幼稚舎から初等部、中等部、高等部、大学・大学院までが同じ敷地内に存在し、そのほか寄宿舎、商店街や劇場、競技場、病院、郵便局、銀行、映画館など、文化的な生活に不自由せずに済む施設が全て揃っている。  森本夕(もりもとゆう)は、そんな学園の高等部普通科に合格した。芸能科や様々な科が存在する中で、普通科は一番広い門ではあるが、この学園に入るために相当勉強したものだった。学園の広さや設備、歴史、実績など様々な点でこの学園は人気があったので、夕もよもや入れるとは思っていなかったが、無事に受験戦争を勝ち抜くことが出来た。  今日は入学式である。夕は正装の両親と共に、着慣れぬ学園の制服に身を包み電車に乗っていた。同じような家族連れで電車の中は満員であった。  夕は黒のショートカットで、少年の様な顔立ちでもあったせいか、小さい頃は男子にも間違われた。高校生となった今では、短い髪は相変わらずだが、男性に比べて華奢な体躯で胸も少しずつ膨らみ始め、段々と身体が女性的になりつつあり、男性と間違われる事は皆無になっていた。 窓ガラスに写った顔を見ながら前髪を少し直している内に、電車が駅に到着する。  最寄りの駅から学園の正門まではほぼ直線で、改札から既に緑豊かな学園の敷地が目に入る。5分ほど歩くと正門に辿り着く好立地である。  問題は学園に入ってからだった。  何しろ浦安にある某テーマパークより広い面積がある。どこが高等部でどこが中等部なのか、初めて来た人間はなかなかわからない。夕は受験の時に来て以来で、一応簡単な順路は分かっているはずであった。しかし、距離がありすぎるため、自分が今学園内のどこを歩いているのかいまいち判断できずにいた。  そんな中、学園内の在校生であろう女生徒たちが、看板を持って新入生たちを誘導していた。 「はーい、高等部の新入生の皆様は、このまま直進してください!「高等部校舎」と言う建物に着いたら、記帳していただく場所があり、昇降口まで誘導いたします。このまま恐れず直進してください」  恐れずに直進とはなかなかおっかないな、と夕は苦笑いしていたら、一緒にいた女生徒がツッコミを入れる。 「その言い方だと怖がっちゃうでしょ!」 「ああっ!すみません!新入生の皆さん、どうぞいらっしゃい。到着したら、体にクリームと塩を塗り込んで、昇降口では履き物と一緒に制服もおぬぎください」 「注文の多い料理店じゃねえかっ!!」  コントで新入生の緊張をほぐそうという上級生の優しさなのだろうと、夕は解釈した。そうでないと非常識すぎる。宮沢賢治先生が聞いたら祟られそうだ。  コントにしてはリアルな鈍い打撃音を背中で聞きながら、夕は両親とともに言われた道を直進した。  道の両側は桜並木になっており、現在は満開である。地面は舞い降りた花びらで桜色の絨毯が敷かれた様になっている。夕は、先ほどの風変わりな先輩諸氏だけでなく、学園の草木までも自分達新入生を歓迎してくれているような心持ちになった。咲き乱れた桜花のせいで空はほとんど見えない。花が7部に、青が3部だ。このおかげで、どこにどの建物があるのか目視確認できないと言う思わぬ副作用が起こってしまっていた。 「ああ、あそこだな」  父がそう言って前方の建物を指さす。学校説明会や受験の時にも入った、高等部の校舎がそこにあった。中学まで首都圏の公立学校に通っていた夕からすると、目の前の施設は「校舎」と言うより、富豪が所有している様な白亜の洋館である。  目の前にあるのは、基本的に高等部の全学年の教室が入っている南校舎である。日当たりが高等部の建物の中で最も良く、壁面は太陽の光を一身に受け、燦々と反射している。ずっと見ていると目を痛めそうだった。5階建ての校舎頂上部には6面のドームがそびえていた。その下に土台のように三角の切妻屋根があり、ペディメントの部分には古代ギリシャ風の装飾があしらわれ、中央に日野出学園高等部のエンブレムが春の陽気に照らされ、眩い輝きを放っていた。  歴史ある私立校とはこう言う建物が至る所にあるのかと、夕は浮かれそうになる。  高等部の敷地は3メートル以上の生垣が囲んでおり、正面の昇降口に続く門が全開になっている。高等部一年生とその両親が続々と入っていた。  夕は昇降口の前に貼られている生徒名簿を見て、自分の割り振られたクラスを確認すると、早速教室まで行った。両親は先に会場に向かう。  廊下は広く、清潔感があった。真新しい上履きに履き替えて歩くと、カツンと軽い音が廊下に響く。妙に心地のいい音だった。廊下にはさまざまな絵画やポスターが貼られていたが、新入生を勧誘したい部活や同好会の宣伝ポスターが壁の半分以上を覆っていた。熱の入れようが凄い。  教室に入ると、夕は感激した。冷暖房が完備されている。さらに椅子がぐらつかない。机も落書きや傷が1つもなく、新品同様だった。夕は学校でこんなに綺麗な机を初めて見たせいで、思わず表面を触りそうになった。だが、触れそうになった途端、この机を汚したく無いと思い手を引っ込めたくもなる。 夕の中学校は冷暖房どころか、まともな椅子にさえ事欠いていた。如何に自分の生まれた市が教育予算をケチる自治体だったか痛感させられる。
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