推しが身近にいた件について

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えっ。 自分でも驚くぐらいの小さな声が喉から溢れ出た。 なんと私が気がついたら推していたグループ「シーブック(seabook)」の初ライブが決定したのだ。 中学生の頃に好きになったからもう、10年は応援しているだろうか。 シーブックのみんなは中学生の時に高校生だった。 メンバーは 赤 塩(えん) 青 海(うみ) 緑 貝(かい) 紫 線(せん) の四人。 一人、黄色担当の砂(いさご)は脱退した。 最オシだったんだけどな。砂もいたらどんなによかったか。 一番歌がうまくて、ムードメーカーだったのに。 今のメンバーで私が推しているのは青色の海だ。 紫の線も好きだけど、やっぱり海。 歌い方に特徴があって、4人での歌ってみたでも海だけはどの声が分かりやすい。 行くっきゃないっしょ! 日付は……あれ、この日お母さんの三年忌だ。 どうしよう。 プルルル… 電話がかかってきた。液晶に写ったのは「お兄ちゃん」。 しばらく声も聞いていない。 「はーい。お兄ちゃん?どうしたの」 「あ、ルミ?俺さ母さんの三年忌いけねぇから」 何というタイミング。 「は…私もいけないんだけど」 お父さんはすでに他界している。 いとこやおじさんおばさんもいないのでお兄ちゃんが行かなかったらお母さんは一人ぼっちだ。 「はぁ…??!なんでだよ」 「それはこっちのセリフなんだけど」 私はお兄ちゃんの声を聞きながら、キレ始めた。 やっぱ推しのライブには行きたい。 でも、なんか砂がいなくなったからか前よりは行きたいという気持ちがない。 違う違う。行きたいんだ。やっぱ行かなきゃ。 私は「そういうことだから!じゃあね」と一方的に切る。 あぁ…お母さんごめんね。 海の抱きまくらを抱えると私は空へ向けて声を放った。 ライブ当日。 「やっほ〜〜!シーブックの塩だよ〜〜!!」 マイクを手に出てきたのは赤色の衣装を着た塩だ。 どこか安っぽい。声も無理やり盛り上げているような感じがしなくもない。 いやいや、違う。塩はこういうキャラだった。 次に出てきたのは海。 「海です。みんなきてくれてありがとぉぉ〜〜〜!!」 動画とは遥かに違う声。なのに キャアああああああああああ! 会場が歓声だらけだ。 私は周りに合わせ叫んだ。 本心からではなく喉から。 途中で喉が痛くなる感覚が辛く、ライブはそこまで楽しくなかった。 ここに砂がいたらどんなによかったか。 そんな考えは、私が思っていたよりも遥かに下手くそな歌声にかき消された。 ライブ終了 「はぁ……私が疲れてたんだろうな」 乾ききった喉から声を出した。楽しめなかったのは私のせいだ。 私はグッズを買うために並ぶ。 海のグッズはすべて予約していた。 ここに砂のグッズもあったらどんなによかったか。 どんっ。 「あ、ごめんなさい」 「あ、こちらこそ…」 私は慌てて相手の顔を見る。それは…… 「お兄ちゃんっっ!!?なんでここに」 「ルミ??お前こそなんで」 私は海のキーホルダーを握りしめると 「シーブックのライブ見に来てたの」 と言った。 「お前もかよ…俺も見に来てた」 私はお兄ちゃんの顔を二度見すると、叫んだ。 「なんで!!?」 お兄ちゃんは何度かためらった表情を見せると、横を向く。 「だって俺、元メンバーだったんだもん」 私は、お兄ちゃんの手を取ると声をよく聞いた。 砂の声だ。 泣きそうになった。ここで出会えるなんて。 「なんで、やめちゃったの……!?」 お兄ちゃんは私の方を見た。 「お前も聞いただろ、あのサイテーなライブ。あのメンバーはファンのためにライブを開くことをもう10年もためらったんだ。動画の声もほぼ合成だしな。特に海は合成。見ただろ。あのダンス。あいつら絶対にライブの練習ろくにしてないよ。」 お兄ちゃんはキラキラした私の目を見ると語りかけた。 「母さんの三年忌、今からでも遅くないよな。」 私は頷くと、シーブックのグッズを乱雑にバッグに入れた。 「ルミ、ごめんな。母さんの三年忌早く行けばよかった」 「私も。ライブ来たかったけどでもやっぱ、家族に会いに行っとけばよかった」 私達は、手を繋ぐと駆け足で実家に向かった。 完
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