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それから一週間ほどが過ぎた昼下がり。ケンは指定されたホテルにやって来た。
相手が会見の申し出を断ることはないだろうとは思っていたが、襲撃を警戒してか、ホテルのレストランを指定してきたことが、ケンには少し意外だった。だがこれ自体が罠で、レストランの個室に案内された途端に殺られるということもありえない話ではない。
「ずいぶんとガチガチじゃねえか」
なるべく体格もよく強面の部下を選んで二人連れてきたが、一人はケンよりも背が高く恰幅がいい身体のわりに小心者なのか、顔色も悪くかなり緊張している。
「す、すみません」
身体を縮めるようにして謝る男の肩を、ケンは右手でがっしりとつかんだ。
「大丈夫だ。見かけ倒しでいい、そうオヤジも言ってた。堂々としてろ」
男がはっとした顔になる。ケンの手が震えていることに気づいたのだろう。
「オヤジの教えで、これが一番役に立ってる」
ケンは片頬で笑って見せ、身を翻してホテルのエントランスをくぐった。
なにかあった時のために、ケンはスーツで鎧うようなつもりで身なりを整えてきた。髪をきっちりとセットしたのはもちろん、手持ちのスーツの中でも一番いいものを選んだ。黒のスーツに新しいグレーのシャツと暗い赤のネクタイをあわせ、腕には先代から譲られた高級ブランドの時計。靴もしっかり磨き上げ、自分のルックスが映えるようにコーディネートしたつもりだ。
度胸を見せるためにも、ケン自身は防弾チョッキも身につけず、ナイフや銃などの武器も持っていない。ただし連れてきた部下には、防弾チョッキを着せていた。相手も殺るつもりなのであればケンだけを狙ってくるはずだが、犠牲は少ない方がいい。だが相手も、雑魚の命を取っても無駄だし、ボスが殺られたことを知らせるためにも逃がした方が手っ取り早い、そう考えるはずだ。
「ほう、一人とは」
ダブルのスーツに身を包んだ小柄な老人が、椅子に座ったままケンを一瞥して感心したような声を上げる。まぶしげに瞳を細めているが、眼光の鋭さは隠しきれない。後ろに立っている男達は三人。真ん中にいるのが幹部なのは分かっている。あと二人は護衛か。
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