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ホテルの最上階にあるレストランの、高層階からの景色を楽しめるようになっている広く明るい個室。白いテーブルクロスがまぶしく、テーブルにはささやかな花が飾られている。この身をここに置くのが恥ずかしくなるほど、清潔でまっとうな場所だ。
万が一に備えてか、テーブルにつくのは二人だけなのに、テーブルは十人はつけそうなほど大きく、二人の席はそれぞれ一番離れた両端に設けられていた。一般の会食と違うのは、席の設け方とお互い背後に部下を立たせていることだけだと思いたい。
「オオノです。お会いできて光栄です」
ケンは部屋に入るとゆっくりと老人に歩み寄り、絶妙な間合いで立ち止まって言った。皮肉などではない。若い頃の先代のことも知るこの都市の裏社会の生き字引的な男に、一度会ってみたいと思っていた。
「ササキだ。私も君に会えてうれしいよ」
ササキは椅子から立ち上がり、ケンを試すかのようにテーブルの脇から動かず、握手を求めて右腕を伸ばした。ケンの背後の部下達も眼中にない堂々としたふるまいは、さすがに威厳がある。ケンも内心の緊張を隠し、まっすぐにササキだけを見て歩み寄り、握手に応じた。力強く手を握られる。
「さすが、先代のお眼鏡にかなっただけあるな」
にやりと笑い、ササキは仕草でケンに座るように促した。
「中華料理は好きか? コース料理を頼んでいるから、ゆっくり食事しながら話そうじゃないか」
「はい、こちらもいろいろと伺いたいことがあります」
ササキをじっと見据えたままケンが言うと、ササキも笑みを消しまっすぐにケンを見返した。
「君からしたら、シマを荒らされたあげくに店の稼ぎ頭でもある大事な恋人まで撃たれたんだから、当然のことだ」
他人事のようでもあり、自分に訊くのは当然だという、自らの関与を認めたようでもある言い方。さすがに食えない男だ。
「ええ。俺がしたいのは無意味な命のやり取りではなく、なぜこんなことになったかを知ることですから」
重々しくうなずくササキ。そこに前菜の盛りあわせが運ばれてきた。純白の細長い皿に、彩りよく少しずつ盛りつけられた料理。料理にそっと添えられた赤い花が、白い皿に映える。
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