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不思議な夢を見た。海の夢だった。
俺はどこまでも続く桟橋に立っていた。辺りは一面、霧だか靄だかがかかっていて空も見えないが、俺はそこが海で、桟橋が時にねじれつつ、時に分かれつつ、どこまでも続いているのがわかった。
どうしようもないので俺は歩く。歩き続けて、もしかすると一度通った場所かもしれない場所でも、進むしかなかった。しかし桟橋にはやっぱり終わりがなく、岸も見えない。
ついに立ち止まると、無性に泣きたくなってきた。
俺は一体いつまで歩き続ければいいのだ?
そう思ったところに、手が伸びてくる。海の中から、長い爪のある白い右手が。
俺の足首を掴む。そのまま恐ろしいほどの力で引っ張る。
気付いた時には、俺は海に落ちていた。海は優しく俺を受け入れる。海水は温かく、泡が肌を撫でていく。
誰かが笑っているのが聞こえた。海の青色に、何かが輝いているのが見えた。
あの鱗だ。
俺が最初に見た夢は、そこで終わった。
胡散臭い鱗を預かってしまった上に、揺れ続ける列車で寝たのだから、妙な夢を見てしまったんだと思う。
ところが列車を降りた後も、その夢は続いた。
海の中は、美しかった。
まるで星のような小魚の群れ。巨大な甲羅を背負っているものの優雅に泳ぐ亀。踊る海藻に、海の中でも色鮮やかな珊瑚。
岩の隙間からこちらを見るウツボの輝く瞳。動いていないようでゆっくりと進んでいるヒトデやウニ。砂の中では貝が微睡んでいる。遥か遠くではクジラの影が見える。
タコは寡黙に岩に擬態していて、ヤドカリは新しい家を探している。イカが自慢げに海上へ跳び上がれば、イルカは悠々とそれを超えるジャンプを見せつける。お喋りをしながら進むマンタの群れが、まるで曇り空を作るかのように海中に影を作った。その影に驚いたエビが引っ込んだ一方で、ナマコは文句を言いながら砂を食べていた。
海の中は静かでも賑やかで、奇妙な姿の魚や、もはや魚なのかもわからない生物もいるものの、それすらも芸術の一つだった。大きな鮫が、小さな魚を襲っている。ついにその牙に捕まり海に血が流れるものの、その力強さも、美しかった。
命に溢れた場所だった。
俺はサンゴ礁の上を泳ぐ。クラゲの合間を縫うように漂う。巨大な海藻の森を彷徨う。
息はしていなかった。けれども苦しくはなかった。俺は必要としていなかった。
そして、進む先に、あの鱗の輝きを見る。
美しい尾鰭が、輝きの残像を残しながらも先へ先へ泳いでいく。それは少女のように見えた。黒い髪に、白い肌の少女。
人魚だ。あの鱗の人魚。
笑っている。悪戯好きそうな笑い声が聞こえる。
人魚を追っていると、いつの間にか、俺の周りには何もなくなっていた。生き物の姿も何もない。
先にあったのは、深くまで続く穴だった。闇に満ちて何があるのかは見えない。
どこまでも続いているように見えた。沈んでしまったのなら一体どうなるかわからない。
けれども。
ここが俺の向かう先だという気がした。
海は命の生まれる場所。
そして命の還る場所。
闇の中に、友や家族が見えた気がして、俺はゆっくり泳ぎ進んでいく。
ところで、あの人魚は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
――そう思ったところで、夢はいつも終わるのだった。
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