1/1
前へ
/14ページ
次へ

 しばらく前まで、男は秀作と名乗っていた。  記者の職に就いて、二十三年。  若いころは政治家のスキャンダルをすっぱ抜いたこともあったが、今や週刊誌の権威も地に落ち、芸能人の不倫や離婚といったゴシップ記事が一面を飾るようになった。  誇りもこだわりもかなぐり捨て、ただ記事を浪費する毎日。  それも、美しい妻の忘れ形見である娘を育て上げるためだ。  猿顔の秀作からは想像もつかぬほど、娘・陽奈子は器量が良く、聡明だった。  高校のクラスメイトから父親の仕事を揶揄されても、凛としている強さも兼ね備えていた。  日曜日には、父親の肩を揉んで、「いつもおつかれさま」と労をねぎらう優しさもある。  陽奈子とローンの残ったマイホームだけが、秀作の生きる軸となっていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加