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エピローグ
颯太郎くんと初めて出会ったあの夏から、三年と少しの月日が流れた。
大学を卒業するまでは遠距離恋愛という形だった。あの日々は彼への恋しさを募らせるのに十分すぎて、卒業後はすぐに一緒になるという選択肢をとった。今、彼とは尾道で二人暮らしをしている。
俺はこの春大学を卒業して、尾道市内にある老舗の食品製造会社に就職した。まだ仕事に慣れたとは言いきれないが、地元の人たちも分け隔てなく仲良くしてくれるので、どうにか頑張ることができている。
「ただいまー」
マンションの階段を上がり、玄関の扉を開けて声をかける。
時刻は十九時過ぎ。キッチンの方からいい匂いが漂ってくる。
「凪、おかえり」
白いパーカーにマリンブルーのエプロンを身に着けた颯太郎くんが俺を出迎えてくれた。可愛い。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「あったかいうちに食べたいから最初にご飯、次にお風呂、そのあと颯太郎くんで」
「……っふふ」
彼は笑いながらキッチンへ戻っていった。
俺も部屋着に着替えてリビングへ向かうと、すでにテーブルには夕食が並んでいる。秋刀魚の塩焼きに具だくさんの豚汁、それからタケノコご飯。
「美味そう!!」
「たまには秋っぽいメニューもいいよね。もうだいぶ涼しくなってきたし」
「ってか、レポートの提出期限明日までって言ってなかったっけ? 大丈夫だったの?」
「実はもう今日のうちに提出してきたから大丈夫」
「さすが!」
去年から颯太郎くんは通っていた大学に復学した。そして今は三回生だ。
病気はもうほとんど完治していて、今は数か月に一度、検査のために通院する程度になっている。
とはいえ。大学に通いながら毎日家事を完璧にこなす彼のことが心配でないと言ったら噓になる。休みの日は俺も積極的に家事を請け負うようにしているが、平日は俺が仕事から帰ってくるときには洗濯物はきれいに畳まれ、部屋は隅々まで掃除され、そして今のようにとても丁寧で栄養たっぷりの夕食が用意されている。
「仕事でお疲れの凪を少しでも癒してあげたくてさ。俺が好きでやってるんだから、凪は気にしないでいいんだよ。てか、いつまで病人あつかいしてんの」
俺が心の内を告げると、彼は困ったように笑った。
今でこそ彼は元気だが、少し前までは短期の入退院を繰り返していた。
彼が少し調子を崩すたびに、俺が彼曰く『顔面蒼白の死にそうな顔』で心配するので、どっちが病人なのかわからないと毎回苦笑されていたのだった。
「もう凪に心配されるのはこりごりだからね。はやく安心させてあげたい。俺が凪の前からいなくなることはないよって」
「わかってる。ちゃんと信じてるよ。でもやっぱり、颯太郎くんが苦しい思いしてると、俺もつらくなる」
「……そう思ってくれる人がいたから、俺はここまで持ち直せたんだと思う。凪には苦労ばっかかけて申し訳ないと思ってるけど」
「苦労だなんて思ってない。よし、食べよっか」
「うん、いただきます」
「いただきます!」
二人用のダイニングテーブルに向かい合って座り、手を合わせた。
彼の作るご飯は本当に美味しい。以前から料理は得意だったらしく、休日には俺にも作り方を教えてくれている。そのおかげで、最近では俺もだいぶまともな食事を用意できるようになってきたと思う。
一口食べれば体の芯からじんとぬくもりが広がって、思わず笑みがこぼれた。
「美味すぎる……!」
「よかった」
毎度子供のように目を輝かせる俺を、颯太郎くんは向かいの席から優しく見つめてくれる。
離れている期間が長かっただけに、いまだにこの光景が夢なんじゃないかと思ってしまうことがある。だからこれがまぎれもない現実なのだと噛みしめるように、今日も彼と食事をする。
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