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彼にとって彼女はファム・ファタール─破滅へと導く運命の人だった。
彼の訃報を聞いたウィルヘルムは、駆け足でウェルテルのところまで駆け出した。
まっしろだった血と涙が滲んだハンカチーフで顔を覆われた友人の亡骸に、泣き崩れる彼を惑わした女性、そんな彼女を横にただただ黙って祈りをささげる彼女の主人。
ウェルテル、君はなんて過ちを犯したのだ、と責めたくなるのと同時に彼はどうして、この女性に命を投げ捨てたか理解に苦しんでいた。
たしかに美人だが、そこまで人を惑わすような魔性性は彼女からは感じられないのだ、すくなくともウィルヘルムからしたら普通の人妻だ。
ふと机に目を向けると、一通の手紙が置いてあったのをウィルヘルムは、発見する。
どれ、とすこしだけ拝借し、その手紙に目を通す。
─嗚呼!ロッテ、貴女のためなら、破滅したってかまわない!貴女のためなら、僕の命くらい喜んで捧げます。
貴方は、僕のファム・ファタールだ!
そう書いてあった。
ファム・ファタール。
あれだけ女神だ天使だいっていたくせして結局は彼にとっては魔性の女だったのだろう、そうだとわかっていたのに彼は彼女にはじめて出会ったときから稲妻が走ったような衝撃を受け、彼女を愛したのと同時にあいまいな態度を取り続け惑わせる彼女を憎しみ、愛憎という名の牢獄に自ら囚われに行ったのだろう、とウィルヘルムは亡き友人を前にして友人の真意に気付く。
ウェルテルは、シャルロッテに復讐をしたかったのだ、と。
自身のせいで命を投げ出したら、優しい彼女は強く胸を痛め、生涯ウェルテルを忘れることなんてできなくなる。
中途半端な態度をとって自身を深く傷付けた彼女に対する憎しみと、彼女の中に自身の存在を深く、強く、刻ませたい愛情が絡み合ってこのような愚行に出たのだろう、とウィルヘルムは推論する。
ウェルテルにとって彼女は、ファム・ファタールのように彼女にとってもウェルテルは、オム・ファタールだったのだ。
いや、オム・ファタールになりたかったから彼は、自らの命を投げ捨てタブーを犯したのだ。
嗚呼、神よ。
どうか、憐れな友人をゆるしてくださいませんか、とウィルヘルムは憐れな友人を前にしてただただ黙って祈りをささげた。
嗚咽を止められないまま、彼女も祈りをささげた。
床にちらばったピストルの弾と涙の跡が、彼の復讐心を物語らされた。
彼は、ハンカチーフの下で静かに嘲笑っていた。
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