僕たちの最後の晩餐

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 2xxx年1月1日、僕たち10歳になる年の子供はみんな政府の施設【to_W(typeA)】に移住する。それは生まれた時から決まっていたことだし、僕たちはそれを前提とした教育を受けてきたから悲しくはない。いや、本当はちょっと悲しいかな。だって施設では料理は出ないんだ。  僕たちが産まれるよりもうずっと前のこと。大規模な食糧不足に陥った人類は、人間が料理を食べることができるのは10歳になる年までとして、その後はサプリメントとドリンクだけで栄養も満腹感も補うことにした。  僕たちも施設に入ったらもう料理を食べられない。徹底的な健康管理の元、栄養と満腹感を与える錠剤とドリンクが与えられるだけ。9歳までの間で大抵の食べ物の味を経験し、その記憶に作用することでサプリメントやドリンクでも満足感を得ることができるらしい。  だからきっとそんな食事でもいざ摂れば満足はできるんだと思う。だけど僕はそれが何だか寂しくて、ちょっと悲しいんじゃないかな、と思った。  あと数時間で1月1日だ。皆は「明日から大人の仲間入りだ」と喜んでいるけど、僕は明日から料理を食べられないと思うと悲しくなってきた。皆が騒ぐなかで僕だけが何をするでもなく窓の外を眺めていた。  窓の外は夕焼けで赤く染まっていた。昔はいろいろな建物があったらしいけど、今はここと同じような子供のための家と学校、それから遠くに【to_W(typeA)】が見えるだけだ。  「ナンバー13、何か悲しいですか」  育児用ロボットが僕の表情を読み取って機械的な声で話しかけてくる。施設の外の育児用ロボットは、子供が愛着を持たないようにわざと人間に似せていないらしい。僕たちのことを番号で呼ぶのもその一環だと聞いた。皆の育児用ロボットへの態度を見る限り、それは成功している。でも僕は育児用ロボットにも愛着を持ってしまっている。きっと僕は異端なんだろう。  「悲しくないよ……たそがれる?って言うんだっけ。ちょっとぼうっとしてただけ」  「理解しました」  ぼうっとするのと悲しんでるのとの違いはいまいち判別がつかないのか、育児用ロボットたちはこれを言うとそれ以上触れてこない。僕は明日から育児用ロボットに会えないのも悲しいけど、きっとみんなはそうじゃない。  また僕は窓の外を眺めてみる。変わらずほとんど建物なんて見えない。昔はどんな建物があって、どんな人がいて、何を食べていたんだろう。昔の人は大人になっても料理が食べられたんだろうな。  太陽が地平線に沈んだころ、美味しそうな料理の匂いがいろいろと匂ってきた。お腹の音を鳴らしながら食堂に行くと、この家にいる僕たち皆の好物が全部並んでいた。  「今日の夕食はあなたたちの好きな物を揃えました」  「私たちはあなたたちの門出を祝います」  みんな大はしゃぎで、我先にと自分の好物を食べていく。僕も喜んで大好きなローストチキンに齧りついた。皮はパリパリで身はふわふわ、噛めば噛むほど口の中で肉汁がじゅわあっと溢れる。料理用ロボットが作っているだけあって、その料理はどれも絶品だ。と言っても僕たちは料理用ロボットの料理しか食べたことがないから比べようがないけど。  他にもお寿司やスパゲッティー、オムライス、ハンバーグ、焼肉、それからもちろんケーキやプリン、みんなの好きな物は本当になんでもあった。僕もみんなも好きな物だけを好きなだけ食べてお腹いっぱいになった。  みんな満腹すぎて横になると、ひとりまたひとりと寝息をたてはじめた。僕もちょっとうとうとしながら、なんとなく育児用ロボットをぼんやりと見つめる。育児用ロボットは最後に残った僕の傍へ来て、僕の目の前を手で隠して暗くした。  「ナンバー13、覚えておきなさい。【to_W(typeA)】では絶対に異端であることはバレてはいけません」  目の前を暗くされたことで急激に眠気に逆らえなくなって意識が遠のくなか、育児用ロボットが僕にだけ聞こえるように言った言葉を胸に刻んだ。  次に目が覚めた時、僕は知らない部屋にいた。あの豪華な料理に睡眠薬でもはいっていたのか、僕たちは眠っている間に施設に移動させられていたみたいだ。  部屋は学校で聞いていた通りひとり部屋で、広さはちょっと広すぎるけどきっと成長したらちょうどいいくらいの大きさ。壁は白すぎなくてたぶん少しピンクが入ってる色で、床は落ち着く茶色だ。家具はベッドと机とクローゼットがあって、お風呂とトイレもついてる。快適すぎるくらい居心地のいい部屋だ。  逆にそれが怖くもあるけど、きっとそんな風に思うのは僕だけ。育児用ロボットの最後の言葉を思い出す。異端だとバレてしまったら恐ろしい目に合うに違いない。とりあえずベッドに寝転んで幸せそうな顔をしておく。  「遊唄(ゆうた)さん、朝食の時間ですよ」  優しいお姉さんってきっとこんな声だ。僕の名前は遊唄に決まったらしい。今まで呼ばれたことがなくて馴染みがないのに不思議と嬉しくなる。綺麗で温かい声がしてすぐ、部屋の隅にある配膳口からサプリメントとドリンクが差し出された。僕はもう料理が食べられない現実を突きつけられて泣きそうだったけど、異端だとバレないようににっこり笑った。  「やったあ!僕も今日から大人ご飯だ!」  「ふふふ。大人の仲間入りおめでとう。お祝いに遊唄さんが大好きな味なんですよ」  僕はサプリメントとドリンクを飲んだ。あのローストチキンの味がした。料理を食べたわけじゃないのに、僕はお腹いっぱいにローストチキンを食べた満足感を得た。  「ありがとう、美味しかった!」  無邪気に笑って僕はベッドに潜った。こんな食事で満足した自分が怖かった。快適な部屋に落ち着いてしまった自分が怖かった。名前を呼ばれて喜ぶ自分が怖かった。完璧な優しい声に魅力を感じた自分が怖かった。  「あらあら、ちゃんとお勉強もするんですよ」  寝ようとしていると判断したのか、優しくたしなめる声が聞こえた。なんだか無性に数時間前まで一緒に過ごしていた育児用ロボットに会いたくなった。あの無機質で棒読みな声が恋しい。  「絶対に異端であることはバレてはいけません」  布団に隠れて泣く僕の頭の中で、育児用ロボットの声が何度も繰り返される。  今日から正統な人間の振りをする日々が始まる。この、人類生存施設【to_W(typeA)】で、永久(とわ)に――。
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