運命の日

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運命の日

 ゼツは、いつもにこやかで優しい母だった。  その日も、ガラクにそっと笑いかけてから家を出た。  車を飛ばして、プラハに入る。  朝3時。  プラハの朝はとても冷え込んでいた。  暗い街の灯は、道に沿って点々と伸びている。  中心の旧市街まで歩いて行く。  火薬庫の向かい側に、大きなデパートがある。  間を大通りが走り、路面電車のレールがある。  まだ街は眠っている。  至る所に、チンピラが(たむろ)していて颯爽(さっそう)と歩くゼツをジロジロ見ていた。   決して治安がいい街ではない。  夜から早朝は観光客など1人も見かけない。  旧市街を奥へと進むと、モルダウ川が流れいている。  途中で折れ曲がり、中心街を包むように美しい景観を形づくる。  カレル橋が見えてきた。  真四角に荒々しく切り取られた石が敷き詰められている。  橋の構造は脆弱なため、年々変形している。  雄大なモルダウの流れに、美しく映える彫刻群。  橋の欄干(らんかん)に寄りかからないようにと表示がある。  美しい旧市街が後ろにある。  そして向こう岸に巨大なプラハ城。  街全体が調和している。  まるでテーマパークのような楽しい街は、闇の中にある。  美しい夜景のプラハは暗黒街の顔も持つ。  ガラクは、知らずに育った。  この世の闇を知らずに。  できることならば、知らないまま生きてほしい。  無数の罪を犯した、暗黒街のゼツ。  今日、葬り去られる。  後ろに人影が迫ってきた。  ヒタヒタと、足音を立てずに歩く男はゼツの背後で足を止めた。 「ゼツ。  ガラクは良い娘だ。  俺たちの娘とは思えないほどに ───」  風がゼツの結んだ髪を(あお)る。 「ラルフ ───  人生は長さじゃない」  ゼツの視線は旧市街を捉えた。  ふっと笑い、脇に仕込んだホルスターから「ベレッタPX4・ストーム・サブコンパクト」を取りだした。 「懐かしいな。  持ってきたのか」 「こいつは、新しいモデルだよ。  道具は選ばない主義でね。  シールドでも何でもよかったんだが、ついゴツイ奴を選んでしまったよ」  ゼツは銃口を旧市街へ向けた。  続けざまに3つ発射してから、両手を上げた。 「過去の因縁からガラクを俺が守る。  お前は消えることでガラクを守る。  そういうことだな」  ラルフは懐から短剣を取りだす。  月明りに青く光る刀身が露わになる。  ゼツは黙ったまま目を閉じた。  安らかな顔だった。  無防備な彼女の胸に、短剣が突き立てられる ───  身体はゆっくりと反転し、モルダウ川へ落下した。  ラルフも後に続いた ───
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