沈黙

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沈黙

 「あの ───」  ガラクは何かを尋ねようとした。  だが、レックスは人差し指を口に当てる仕草をする。  何度繰り返しただろうか。  家を出る前に、公共交通機関で移動すると言っていた。  長距離移動するときには、車より足がつきにくいらしい。  ガラクの住まいはオーストリアのウイーン近郊の小さな町にあった。  中世の趣がある、美しい町だった。  誰もが家族のようで、ガラクはたくさんの友だちと遊んだ。  観光客がたくさん訪れるので、土産物屋が多い。  小高い丘の上に展望台があって、良く登ったものだった。  だが突然の別れが訪れた。  20歳になって家を出るのは不自然ではない。  独り立ちしたという意味では ───  行先もハッキリ告げないまま、引っ張り回される気分だった。  聞きたいことは山ほどあるが、他人が聞いているから話もろくにできない。  自由席は満席になっている。  窓の外は、オーストリアを出てからほとんど変化がなくなった。  遠くに教会を見つけると、ちょっぴり心が和む。  ガラクは信者ではないが、よく遊びに行った。  教会の周りに草原が広がり、荒野が遠くに見える。  糸杉がゴシック教会のフォルムと連なって、ギザギザのアクセントをつける。  あまり高い木もないし、すぐに風景が荒野に変わってしまうのだった。  ユーロ圏ならばシェンゲン協定によって、パスポートなしで移動できる。  パリからフランスの新幹線TGVに乗り換えた。  パリの灯は優しく2人を迎え、送り出した。  最高時速320キロでスペインのバルセロナまで行ける。  その先にはAVEでマドリッドにもつながっている。  変わり映えしない風景に退屈して、前方にある表示を睨みつけた。  時速298キロと表示されている。  297、299と行ったり来たりして、300キロにならない。  なぜなのだろう。  つまらない事実が意識を支配した。  初対面の老人は話しかけるなと言う。  外は刺激がないし、車内も殺風景だ。  突然連れ出されたせいで、疲れていた。  電車内で若い女が居眠りなどするものではないが、眠気が襲ってきた。  レックスという老人は、妙に落ち着きがある。  ときどき周りに鋭い眼を向けているほかは、朗らかである。  そして、隣にいると安心できた。  この人に頼っていればいい。  父さんもそう書き置きしたのだし、信用できる人だ。  父と母に何が起こったのか、胸騒ぎが止まらない。  犯罪とはどういう意味なのだろうか。  考え続けたせいか、頭もぼんやりしていた。
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